2017年5月6日土曜日

小学生の日常を「魔法少女」が闇色に塗り替えていく……『魔女の子供はやってこない』

今晩は、ミニキャッパー周平です。GWも終わりかけですが、皆さんは良い休日を過ごせましたか? あるいは、第3回ジャンプホラー小説大賞の原稿は進みましたか? 第2回ジャンプホラー小説大賞受賞作(6/19発売)の『たとえあなたが骨になっても』『舌の上の君』は、校了作業も佳境となりました。それぞれのカバーイラストも素晴らしくビビッド、ジャケ買い必至なので、皆様にお見せできる日が楽しみです。

さて、ジャケ買いといえば、私がしばらく前、書店で表紙イラスト(『となりの801ちゃん』の小島アジコ先生の絵)に惹かれて即買いした本が、今回取り上げる一冊……矢部嵩『魔女の子供はやってこない』です。



小学四年生の安藤夏子の新しい友達は、魔女の国からやってきた女の子・ぬりえちゃん。人間の世界に実習で訪れたというぬりえちゃんは、魔法を使って人々の願い事を叶える「修行」をしているのでした。彼女の魔法は「死者を生き返らせる」「他人に変身する」「記憶を消す」など絶大な効果を生むものですが、ぬりえちゃんが誰かの願いを叶えようとする度、夏子はその摩訶不思議な術を手伝うことになり、大変な目に遭わされるのです……

……と、こんな風に設定だけを書き出すと、微笑ましくキュートなジュブナイルにも見えますが、うっかり純真な子供たちに読ませたらトラウマ化必至の、猛毒要注意な作品です。

そもそも夏子とぬりえちゃんの馴れ初めからして、願い事の用途を巡って、夏子の友達である小学生たちが惨たらしく殺し合いを遂げており、その埋め合わせとしてぬりえちゃんが友達になってくれたというもの。小学生たちを襲った惨劇の過程は猟奇的とか悪夢的とかいう段階を通り越してシュールの領域で、「特に人だけ殺せるジュース」などはもはやコミカルでさえあります。

そんなストーリーを紡いでいく文章表現も極めて尖っており、限りなく口語に近づけたために読点の位置や語順が異様な会話文、エキセントリックで適切な比喩表現、突然理性を失ったように饒舌になる台詞、膨大なルビなどなど、筒井康隆ほかの実験的作品を連想させる部分もあります。

ぬりえちゃんが魔法を使ったがために、罪無き人々が不幸に落ちたり、巻き添えで死者が出たりといった事態も日常茶飯事です。夏子が遭遇するのも、耐え難い全身の痒みとか昆虫の大群とかいった生理的嫌悪感を猛烈に引き起こすものから、変質者や殺人鬼の悪意といった胸の悪くなるようなものも。しかし夏子がまともかというとそうでもなく、人間の皮を剥がして押し花的に加工するといったような作業にも精を出し、ぬりえちゃんとの交流の中で、順調に色んなタガが外れていきます。ただ、物語全体としては、いい話になりかけたら冷や水を浴びせ掛ける底意地の悪さはありつつも、単純に倫理を踏み外していく悪趣味でファニッシュな作品というわけでもありません。

「今日あなたは三つものを願うか? 願うなら教えて欲しいな。今日私たちはそれを訊きに来たんだ。
一こ目の願いは多分上手に叶えてあげられないんだ。二番目に浮かぶようなものも私にはきっと難しいと思う。三番目くらいならあるいは力になれるかもしれない。もしあったら教えてよ。こんな日あなたに願うことが三つもあるのなら、私にだってやれることあるかも知れないんだ。お願いみたいな言い草だけどさ。私は他人で、万能じゃないし、叶えられないことなら山程思いつくんだけど、それでも出来ることはある筈なんだ」

上記に引用したぬりえちゃんの台詞は、自分が特に心に残った場面のもの。葬式にハロウィン姿で押しかけて、父親を亡くした少女に問いかける言葉です。このシーンに限らず、言葉の力で、不気味さとおぞましさと、名状しがたい謎の感動を心にもたらしていく、そんなパワーをもった異色の傑作です。

(同じ著者の作品『[少女庭国]』のレビューはこちら