2018年4月28日土曜日

幼子さえ手に掛ける保険金殺人犯の妄念。貴志祐介『黒い家』

こんばんは、ミニキャッパー周平です。更新も96回目となると、今回ご紹介する本のことばかりでなく、100回目に何を取り上げるか既に頭を悩ませ始めている段階です。著名ホラー作品を選ぶべきか、自分の好みを優先すべきか。

本日の一冊もホラー史に残る作品、貴志祐介『黒い家』。今や押しも押されぬベストセラー作家となった著者が、その名前を世に知らしめるきっかけとなった一冊です。



保険会社『昭和生命保険』の京都支社に勤める若槻慎二は、主任として、死亡保険金の支払い査定を行う毎日を送っている。ある日、昭和生命と多額の生命保険契約を交わしている男・菰田重徳に呼び出されてその家に向かったが、彼を待ち受けていたのは、重徳の義理の子・和也の首吊り死体だった。若槻は、和也の死によって保険金を手にすることになる重徳に疑惑の目を向け、死亡保険金の支払いを保留し、重徳とその妻・幸子の背後を調べ始める。やがて若槻は、警察さえ掴めなかった真実に近づいていくが、彼の周囲や、彼自身にも殺人者の魔の手が迫る。

本作品には、犯罪者の心理に纏わる大胆な仮説を除いて、一切のファンタジー要素が登場しません。主人公の日常の業務、そこに紛れ込んでくる巧妙な恫喝への対応、保険金詐欺に加担するモラルリスク病院の存在、悪質な契約者に対処する手段など、リアリティのある描写を重ねて、社会の暗部を覗き見しているのだ、という感触を読者に与えてきます。さらに作中では、過去、現実に存在した保険金殺人や、保険金詐欺の事例が多数参照され、主人公が出くわした事件が決して絵空事ではなく現実に起こりうるものだということを読者に突きつけてきます。そうやって、「現実にあり得る犯罪」であることを担保しつつ、過去の身辺調査を深めていくうちに見えてくる犯人の本性は、超常の力などもたない生身の人間でありながら、人間離れした、怪物と呼ぶべきものになっています。

これまでご紹介した貴志祐介作品、『クリムゾンの迷宮』『悪の教典』などでは、明確な殺意を持った相手から必死の逃走を繰り広げる際の緊張感、一つ選択を誤っただけで残虐な方法で殺されてしまう綱渡りの恐怖、といったものが大きな読みどころになっていますが、本書もその例に漏れません。というか、「同じ建物内に刃物を持った殺人犯がいる」、というだけでこれほどまでに読者を怖がらせることができる、という点に作者の筆力の凄まじさを感じます。

作中、僅かしか聞くことのできない犯人側の「セリフ」は、いかにも猟奇的な殺人鬼のものというよりは、関西弁の簡素な話し言葉であるがために「こういう喋り方をする人に会ったことがあるような」印象を与え、それでいて「身勝手かつ倫理観が欠如した異質な思考回路」が端的に表れており、結果、「こういうヤバい人がその辺にいるかもしれない」という嫌なリアルさを与えてきます。

この作品の発表は九七年ですが、以後、保険金のために家族を多数殺害した猟奇的な事件などが起きるたび、本書の予言的な側面が度々クローズアップされることになります。丁寧な取材と細部の描写によって作り上げた強固な物語の地盤で、想像を絶するようなモンスターを暴走させる。その絶妙なさじ加減に震えずにはいられない一冊です。

さて、GW前のCMを。第4回ジャンプホラー小説大賞の〆切は6月末。ぜひ大型連休をご利用して執筆を頑張ってください。ボーイミーツガール自殺コンサルタントガールな『自殺幇女』と教育実習生×生徒の恋と呪いの物語『散りゆく花の名を呼んで、』の2冊もよろしくお願いいたします。