2018年1月13日土曜日

不思議な「石」の声を聞く若者と、勝手気ままな人魚(男)の奇妙な触れ合い――『人魚の石』

今晩は、ミニキャッパー周平です。読むものがフィクションに偏り、エッセイの類はあまり読まない私ですが、ブックガイドの性質をもつ本は別で、この間も、円城塔+田辺青蛙『読書で離婚を考えた。』という、SF・純文作家である夫とホラー・怪談作家である妻との、本の薦め合い&感想の応酬という、異色でハラハラさせられる一冊を堪能したところです。

本日ご紹介する一冊は、その著者の一人である、田辺青蛙の作品『人魚の石』。



関西の静かな山寺に引っ越してきた青年・日奥由木尾(ひおくゆきお)。彼は亡くなった祖父・昌義(まさよし)の跡をついで、住職としてそこに暮らすことを決めたのだった。だが、新生活を始めるため、池から水を汲み出して掃除しているうちに、池の中に真っ白な男が横たわっているのを見つけてしまう。池から出てきた男は、人魚を名乗り、昌義の知人を自称する。人魚の話によれば、昌義は「石の声」を聞く能力を持っており、山の中に散らばっている、不思議な力をもった石を集めていたのだという。人魚の手ほどきによって由木尾もまた、石の声を聞き、それを見つけ出す能力を与えられるが――

がっつり怖いホラーではなく、落ち着いた幻想怪談連作といった佇まいのこの作品。真っ先に目に留まるのは、各話でクローズアップされる、奇想天外な力を秘めた「石」の数々。記憶を吸い取り中に留めておく「記憶の石」。これは何らかの体験を忘れたい人によって利用されたため、たいていは忌まわしい記憶が封じ込められており、物語全体に暗雲を呼び込んでいます。そのほか、枕代わりにすると、夢の中で物語をきかせてくれる「物語石」や、幽霊を閉じ込めた「幽霊石」、目に入れると少しだけ未来を見せてくれる石など、さまざまな「石」に関わっていくことで、恐怖体験をしたり、九死に一生を得たりと、翻弄される主人公・由木尾の姿が見どころです。

そしてもう一人の主人公ともいえるのが、そのパートナーであり、由木尾によって「うお太郎」と名付けられた、人魚()です。由木尾の言葉をほとんど聞き入れてくれず、服が苦手で家の中でも全裸で過ごすことが多く、たまに服を来たかと思ったら女装、などと勝手気まま、自由奔放な「うお太郎」によって由木尾の日常生活は脅かされるのですが、それでも由木尾は友情めいた感情を抱くようになります(それは、人魚の持つ、人間を惑わす力によってなのかもしれませんが……)。由木尾は彼以外にも、どうも人を殺してきたらしい実兄、災いを告げる謎の少女、石探しを強要してくる天狗など、多くの登場人物に振り回されつつ、寺の過去に近づいていくのですが――やがて明かされる、「山でかつて起きた惨劇」の内容は、中々にハードで、そこには由木尾自身に大きな傷を負わせる真相も。人魚や天狗がふらりと登場する、牧歌的ともいえるムードと、妖や石に近づいたことで人生を踏み外してしまった人々の、血なまぐさい真実。それらが表裏一体となって不思議なハーモニーを奏でる一冊となっています。

さて、今年はホラー「小説」に限らず、ホラーファンにお勧めしたい書籍もご紹介していこうと思っています。早ければ来週にも。乞うご期待。