2018年1月6日土曜日

百鬼夜行の幻影の先に見えるのは「日本語」という怪異――竹本健治『クレシェンド』

明けましておめでとうございます、ミニキャッパー周平です。本年もよろしくお願いいたします。そしてお正月を迎えたということは、第4回ジャンプホラー小説大賞の〆切(6月末)までちょうど半年になったということです。私は今年も気になるホラーを頑張って紹介して参りますので、応募者の皆さんもぜひ原稿を頑張ってください。

せっかく新しい年なので、これまでご紹介したことのない作家のホラー作品を探そうとお正月の書店をさまよううちに、帯に踊る「百鬼夜行」の文字に惹かれて購入したのが今回の本。というわけで、2018年最初にご紹介する一冊は、竹本健治『クレシェンド』です。



ソフト開発会社に勤める矢木沢は、日本の伝承をモチーフにしたゲームソフト開発の途中、資料のある会社地下の通路で強烈な幻覚を体験する。それは、極楽鳥や小人や猩々や髑髏や異形の者などの集団、つまり「百鬼夜行」と呼ぶべき内容のものだった。その原因を探ろうとするうちに、浪人中の少女・真壁岬と出会い、彼女の協力も得た調査で幾つかの事実が判明する。社屋の地下は、かつてそこにあった「陸軍の技術研究所」をそのまま流用したものだったこと。そこで轡田清太郎という人物によって進められていたのは、日本民族・日本文化についての極秘研究だったこと。その研究こそが、百鬼夜行の幻覚を生み出している源泉なのか――?

作中で語られる内容には、日本神話の伊邪那岐(いざなぎ)の黄泉国(よもつくに)訪問のエピソードとギリシャ神話・ポリネシア神話との不思議な類似、日向神話と南洋諸島の伝承の関連性、「言霊」信仰、アマテラス=卑弥呼説などなど、日本神話や日本語についての衒学が大量に含まれています。それによって、怪異の原因探求の道筋は、日本人・日本語のルーツを探る旅にも似てきます。

しかし、そんな調査をしつつ、精神科医の診断を受けてているうちにも、主人公の幻覚症状はどんどん悪化していき、記憶さえ怪しい箇所が出始めて、恐怖は募っていきます。タイトルの「クレシェンド」とは音楽用語で「次第に強く」の意味。はじめは地下通路でしか起こらなかった幻覚が、旅行先でも発生するようになり、声を伴ったものになり、他人にも見えるようになり……出現するものの中味もより異形さを増したものになり、描写も異様なものになっていきます。


そして、「言葉」がカギになる作品だけあって、クライマックス近辺では、伝説上の生き物が矢木沢たちに牙を剥くストーリーが進行すると同時に、本書のページは怒涛のタイポグラフィで埋め尽くされることになり、驚倒すべき画面になります。「言葉から恐怖が生み出される」という構造そのものに切り込んだ内容であるという点、本書は、怪異小説であると同時に、怪異論であるとも呼べるかもしれません。