2017年12月2日土曜日

明けない夜に誘う、絵の中の彼女――森見登美彦『夜行』

今晩は、ミニキャッパー周平です。そろそろ年の瀬が近づいており、今年話題になったホラー作品でご紹介し損ねたものはなかったかと確認し直している最中。(2016年刊行ですが)2017年の「本屋大賞」にもノミネートされたホラー作品をご紹介し忘れていたので、既にお読みの方も多いかと思いますが、取り上げさせていただきます。

というわけで本日の一冊は、森見登美彦『夜行』。



かつて同じ英会話スクールに通っていた五人の男女が集まり、十年ぶりに京都の「鞍馬の火祭」を見物しにいくことになった。互いの近況報告に花を咲かせる彼らだったが、十年前、仲間の一人であった女性・長谷川さんが鞍馬の火祭の日に姿を消し、そのまま行方知れずになったことが、彼ら全員の心に影を落とす思い出になっていた。

やがてメンバーの一人が、長谷川さんに似た人を目撃したこと、その姿を追ってたどり着いた画廊で気になる絵を見つけたことを打ち明ける。それを皮切りに、五人が一人ずつ、自身の奇妙な体験を語り始めた。それらはいずれも、長谷川さんの幻影と、亡くなった銅版画家・岸田道生の残した絵「夜行」に結びついたものだった……。

ユーモラス・コミカルな作品のイメージの強い著者ですが、『きつねのはなし』や本書などは、幽玄の世界を描く幻想怪談の書き手としての顔を見せられます。

メンバー一人一人が語る物語の舞台は、尾道の坂の上の小さな商店、奥飛騨の山道と旅館、雪深い津軽の一軒家や市場など、連作である「夜行」の絵に描かれた、日本情緒溢れる様々な土地です。それらの舞台で、「夜行」の絵に(正確には、「夜行」の絵の中で手招きするごとく手を挙げる女性に)魅入られた人々がいずこか異界へ導かれていくことが匂わされつつ、繰り返し、「神隠し」「喪失」というモチーフが変奏されます。いずれも情景が目に浮かび湿度さえ伝わってくるような筆致ですが、それ以上に名前のつけにくい「感覚」が伝わってきます。たとえていうなら――ひとりで見知らぬ土地を旅している最中、ふと感じてしまう「自分がこのまま誰にも知られずに消えてしまうのではないか」というぼんやりとした不安、あの感覚が、全編に漲っています。現実に存在する観光地や名勝をこういった「亜空間」に変えてしまう描写の冴えは、京都という実在の町を幻想の世界に変えてきた著者の面目躍如でしょう。

ラストの2章では、物語の根幹である「夜行」の絵が描かれた経緯や、長谷川さんの行方についてスポットがあたるものの、更に幻想が深まっていき物語は迷宮性を増していきます。そんな中で「永遠に続く夜の世界」のイメージが美しく妖しく、あたかも全世界が夜に包まれているかのような鮮烈な印象を残します。その世界に、恐怖と同時に憧れめいた感情さえ浮かぶのは私だけではないでしょう。読み終わった後、ひどく夜の一人旅をしてみたくなる一冊ですが、ひょっとすると、そんな私もまた、「夜行」に魅入られてしまった人間の一人なのかもしれません。