2017年5月27日土曜日

あなたの大切な人が生き返る——どろどろぐちゃぐちゃの生物として。堀井拓馬『なまづま』

こんばんは、ミニキャッパー周平です。いよいよ『たとえあなたが骨になっても』『舌の上の君』の書影が公開されました! 清原紘先生、しおん先生の手による美麗なカバーイラストをぜひお確かめください。

第2回ジャンプホラー小説大賞受賞作のこの2冊は、6/19発売。6/30〆切の第3回ジャンプホラー小説大賞への応募も宜しくお願いします!

さて、ホラー小説紹介ブログとして、これまで様々、「気持ち悪い」生命体をご紹介してきたましたが、今回ご紹介する一冊、堀井拓馬『なまづま』に登場する生命体「ヌメリヒトモドキ」は、もう名前の時点で粘度が伝わってくる、ぶっちぎりで気色悪い生き物です。



本作において、突然発生して世界に蔓延している人間サイズの「ヌメリヒトモドキ」ですが、
●嘔吐感を催す、強い腐敗臭を放つ。
●粘膜に覆われており、粘液を跳ね散らかして這い進む。
●ゴミを貪る習性があり不潔である。
●絶対に死なないうえ、排除も困難。
という四拍子そろったキモさで、こいつらが町中を我が物顔でぬめぬめ這いずってる時点でぞっとします。

ただ、「人間の髪や爪を食べると、徐々にその人間に心と姿を近づけていく」という体質も持っていたため、これを利用しようとする人間も現れました。倒錯した欲求を満たすため、ヌメリヒトモドキを自分そっくりに育ててそれを虐待したり。死者の姿を追い求めて、ヌメリヒトモドキを死者に似せて育てようとしたり。

そう、この生物の研究者であった主人公も、病死した妻の遺した髪を餌として、ヌメリヒトモドキを成長させ、「妻」を再現しようとするのですが——もちろん、死んだ人間を蘇らせようとしたら大変なことになるのはイザナギイザナミの時代からの世の常。

ヌメリヒトモドキの「妻」と触れ合うことは、すなわち、どろどろぐちゃぐちゃの怪生物と触れ合うこと。髪を撫でた指の隙間からは粘液がこぼれ、口づけをすれば腐臭に嘔吐してしまい、接触のあと必死になって自分の体を洗ってもヌメリ臭は取れず、といった具合に細部の描写は激烈です。そんな状況でも取りつかれたようにヌメリヒトモドキを飼育して「妻」を取り戻そうとする主人公の姿にまずは恐怖を覚えますが、やがてそれは悲しみに取って代わります。

主人公はまっしぐらに破滅へ向かっていきますが、彼の思いもよらぬ「心変わり」によって、物語は読者が予想した以上に悲劇的な結末へと向かうのです。飼育によって形を変え、心を変えていくヌメリヒトモドキは、ある意味では、人間の欲望や身勝手さを映し出す鏡でもあります。互いの欠損を埋めあおうとする人間同士のディスコミュニケーション、相互の致命的な不理解が物語の底に流れていて、登場人物のほぼ全員が、それぞれの孤独に苛まれていたのだと、読み手は痛感させられるでしょう。読後に到来する感情は切々たるものです。どろどろぐちゃぐちゃの塊をかき分けて恐る恐る進んでいくと、思いもよらない、深い哀切に飲み込まれる——この物語そのものが、そんな一匹の怪物めいた存在なのです。


2017年5月20日土曜日

虐げられたこどもたちを「楽園」へ誘う、黒マントの怪人の本性とは……牧野修『こどもつかい』

今晩は、ミニキャッパー周平です。6/19発売、第2回ジャンプホラー小説大賞受賞の2作品が、comicoにて独占先行配信されることとなりました! 『たとえあなたが骨になっても』は5/20より、『舌の上の君』は5/21より。どちらも序盤は無料で読めますので、ぜひご一読を。第3回ジャンプホラー小説大賞の〆切(6月末)も迫っておりますのでこちらもお忘れなく。

さて、日本を代表するホラー映画『呪怨』でお馴染みの清水崇監督による、待望の新作ホラー映画、『こどもつかい』が6/17(土)に公開されます。そこで今回は、公開に先立って発売された、牧野修による本作の小説版をご紹介しましょう。



虐待されたこどもがいずこかへ姿を消し、少し経つと家へ帰ってくるのだが、どこで覚えたのか分からない不気味な歌を歌うようになっている。その三日後、こどもを虐待していた大人が不審死を遂げる――連続して起こる怪事件の影には、こどもたちに甘言を囁き虜にする、黒マントの男の姿があった。新聞記者の江崎駿也は調査に乗り出すが、彼の恋人である保育士・原田尚美にも、魔の手が迫っていた。駿也は三日間の猶予の中で、怪異の正体を探り出し、尚美を守り切ることができるのか? やがて、彼らの必死の追跡劇により、六〇年前にサーカスの一座を襲った惨劇が炙り出されていく……。

帯に、「この世で一番怖いのは、こどもの怨み――」とうたわれている通り、ターゲットになるのは、虐待などでこどもの怨みを買った大人。「こどもつかい」が霊を差し向け、身勝手な大人たちを抹殺していくわけですが、「こどもつかい」自身、決してダークヒーローや善なる存在ではないことも徐々に暴かれていきます。それは、大人に傷つけられたこどもの心の隙をついて食い物にし、更なる悲劇を生み出す魔物。その「モンスター誕生」に至るストーリーに惹きつけられます。旧共産圏の貧しい家に生まれた少年が、虐待を受けたすえ娼館に売り飛ばされたのち、いかに魔に魅入られ、いかに技術を磨き、いかに殺戮を引き起こしていったか。猟奇犯罪者の実録ものを読んでいるような手触りに戦慄を覚えます。

対する主人公、駿也と尚美は、それぞれが幼少期に「こどもを虐げる大人」と関わりを持ち、後悔とトラウマを抱えています。「こどもつかい」の操るこどもの霊たちがいっせいに襲ってくるシーンはもちろん恐怖に満ちていますが、機嫌のよかった母親が些細なきっかけで豹変し、我が子へ理不尽な暴力を振るう、といった「大人」の身近な忌まわしさを描く場面も強烈です。本作品はホラーであると同時に、「傷ついたこどもたち」と向き合い、悲劇と暴力の連鎖を断ち切ることができるのか、というテーマに接近するドラマでもあります。

黒マント黒帽子黒ブーツ、という、文章の時点で鮮烈なビジュアルイメージが伝わってくる「こどもつかい」の姿を劇場で見れる日が待ち遠しいです。一方で、(この「小説版」のどこまでが映画通りで、どこからが著者のオリジナルなのかはまだ分からないのですが)物語の終盤で垣間見える一種の地獄の光景には、「きっとこれは映画で実現することは不可能であろう」と感じる劇的な演出もあり、小説でしか味わえない部分も多いのではと思います。というわけで、6/17の映画公開に向け、こちらで予習をしておくのはいかがでしょうか。

作者の牧野修先生には、以前、ホラー小説の書き方についてインタビューを行っております。こちらもぜひご覧ください!

2017年5月13日土曜日

窓の向こうは見知らぬ土地、私を崇める人たち……深い夜の幻想譚『やみ窓』

今晩は、ミニキャッパー周平です。GW中はひたすら書店を巡ってホラーを漁りましたので、しばらくはこのブログも安泰です。おかげでまた夢見が悪くなりましたが、早起きできて結果オーライです。ほんまかいな。

第2回ジャンプホラー小説大賞受賞作の2冊『たとえあなたが骨になっても』『舌の上の君』(ともに6/19発売予定)ですが、書影の公開やその他の素敵なニュースも近日中に。第3回ジャンプホラー小説大賞の〆切まではあと一か月半。今からでも遅くはないので、皆さまぜひ渾身のホラーをご執筆&ご応募ください。

さて、「窓の向こう」「扉の向こう」が「ここではないどこか」に繋がっている、という秘密めいた怪奇はホラーや幻想小説の花形ですが(H.G.ウェルズ「塀についた扉」は、幻想短編のマイベスト。超お勧め)、今宵ご紹介するのもそんな一冊。篠たまき『やみ窓』です。



夫を不慮の事故で喪い、一人暮らしをしていたフリーター・黒崎柚子は、自身の住むアパートの窓が、夜、いずことも知れぬ時代・土地の村と繋がることを知る。やがて柚子は窓の向こうに訪れる村人たちと「取引」を始めた。村人たちから地産の品を受け取る代わりに、柚子は、村人たちが貴重な壺と見なすもの(正体はただのペットボトル)を与える。村人たちから捧げられた、熊の肝や黒い米、精巧な織物などの珍しい品々は、インターネットで高く売れるのだ。柚子は、昼には派遣仕事に通う一方で、夜は一晩中、窓の前で訪問者を待ち続けて生計を立てることになった。しかし、窓に訪れるのは、必ずしも安全な取引相手ばかりでなく、柚子は時に命の危機にさえ晒される……。

この物語の面白さは、何の能力も持たない普通の人間であるはずの主人公が、窓の向こう側の村人にとって常識を超えた「怪異」になってしまう、という点です。小金を稼ぐために取引をしていただけだったはずの柚子は、いつの間にか村人たちから信仰の対象とされ、豊作や病気の治癒など叶えられる筈もない「神頼み」をされたり、供物を捧げられたり、望まぬうちに村人たちの人生を翻弄してしまったり、と「恐るべき神」そのものになってしまうのです。

窓のこちら側では、自身の薄暗い過去に追われる、傷ついた一人の人間。窓の向こう側から見れば、時に恵みを、時に災厄をもたらす、人智を超えた獰猛な神。そんな騙し絵染みた構図が鮮やかですし、どんなに窓越しのやりとりを繰り返しても、窓の向こう側で起きた出来事には関われず、その行く末は想像することしかできない、という状況が、深い余韻を残すラストに結びついています。

夜、一人きりで部屋の中にいると、ふと窓の向こうが異界に繋がっていないか、カーテンを開いて確かめてみたくなる――そんな、「あちら」と「こちら」の距離を縮める一冊です。

2017年5月6日土曜日

小学生の日常を「魔法少女」が闇色に塗り替えていく……『魔女の子供はやってこない』

今晩は、ミニキャッパー周平です。GWも終わりかけですが、皆さんは良い休日を過ごせましたか? あるいは、第3回ジャンプホラー小説大賞の原稿は進みましたか? 第2回ジャンプホラー小説大賞受賞作(6/19発売)の『たとえあなたが骨になっても』『舌の上の君』は、校了作業も佳境となりました。それぞれのカバーイラストも素晴らしくビビッド、ジャケ買い必至なので、皆様にお見せできる日が楽しみです。

さて、ジャケ買いといえば、私がしばらく前、書店で表紙イラスト(『となりの801ちゃん』の小島アジコ先生の絵)に惹かれて即買いした本が、今回取り上げる一冊……矢部嵩『魔女の子供はやってこない』です。



小学四年生の安藤夏子の新しい友達は、魔女の国からやってきた女の子・ぬりえちゃん。人間の世界に実習で訪れたというぬりえちゃんは、魔法を使って人々の願い事を叶える「修行」をしているのでした。彼女の魔法は「死者を生き返らせる」「他人に変身する」「記憶を消す」など絶大な効果を生むものですが、ぬりえちゃんが誰かの願いを叶えようとする度、夏子はその摩訶不思議な術を手伝うことになり、大変な目に遭わされるのです……

……と、こんな風に設定だけを書き出すと、微笑ましくキュートなジュブナイルにも見えますが、うっかり純真な子供たちに読ませたらトラウマ化必至の、猛毒要注意な作品です。

そもそも夏子とぬりえちゃんの馴れ初めからして、願い事の用途を巡って、夏子の友達である小学生たちが惨たらしく殺し合いを遂げており、その埋め合わせとしてぬりえちゃんが友達になってくれたというもの。小学生たちを襲った惨劇の過程は猟奇的とか悪夢的とかいう段階を通り越してシュールの領域で、「特に人だけ殺せるジュース」などはもはやコミカルでさえあります。

そんなストーリーを紡いでいく文章表現も極めて尖っており、限りなく口語に近づけたために読点の位置や語順が異様な会話文、エキセントリックで適切な比喩表現、突然理性を失ったように饒舌になる台詞、膨大なルビなどなど、筒井康隆ほかの実験的作品を連想させる部分もあります。

ぬりえちゃんが魔法を使ったがために、罪無き人々が不幸に落ちたり、巻き添えで死者が出たりといった事態も日常茶飯事です。夏子が遭遇するのも、耐え難い全身の痒みとか昆虫の大群とかいった生理的嫌悪感を猛烈に引き起こすものから、変質者や殺人鬼の悪意といった胸の悪くなるようなものも。しかし夏子がまともかというとそうでもなく、人間の皮を剥がして押し花的に加工するといったような作業にも精を出し、ぬりえちゃんとの交流の中で、順調に色んなタガが外れていきます。ただ、物語全体としては、いい話になりかけたら冷や水を浴びせ掛ける底意地の悪さはありつつも、単純に倫理を踏み外していく悪趣味でファニッシュな作品というわけでもありません。

「今日あなたは三つものを願うか? 願うなら教えて欲しいな。今日私たちはそれを訊きに来たんだ。
一こ目の願いは多分上手に叶えてあげられないんだ。二番目に浮かぶようなものも私にはきっと難しいと思う。三番目くらいならあるいは力になれるかもしれない。もしあったら教えてよ。こんな日あなたに願うことが三つもあるのなら、私にだってやれることあるかも知れないんだ。お願いみたいな言い草だけどさ。私は他人で、万能じゃないし、叶えられないことなら山程思いつくんだけど、それでも出来ることはある筈なんだ」

上記に引用したぬりえちゃんの台詞は、自分が特に心に残った場面のもの。葬式にハロウィン姿で押しかけて、父親を亡くした少女に問いかける言葉です。このシーンに限らず、言葉の力で、不気味さとおぞましさと、名状しがたい謎の感動を心にもたらしていく、そんなパワーをもった異色の傑作です。

(同じ著者の作品『[少女庭国]』のレビューはこちら