2017年8月19日土曜日

虐げられた犬たちが、人間に牙を剥く――倉狩聡『今日はいぬの日』

今晩は、ミニキャッパー周平です。池袋のジュンク堂は大きい上に平日は夜11時まで開いているので超便利です。本を買い逃した時によく利用していますし、このブログも記事が間に合うかどうかピンチ、という時に何度も助けられてきました。皆様も急ぎで本がご必要の際はぜひご利用ください。その時ホラーの棚でうろついているのは私かも知れません。

さて、今回ご紹介するのは、倉狩総『今日はいぬの日』。犬が少年を暖めているキュートな表紙イラストで、帯には「泣けるホラー!」と書かれている本ですが、動物と人間の心暖まる交流を描いたハートフルな作品と思って手に取ると、痛い目を見ることでしょう。



スピッツ犬の「ヒメ」は五人家族である西脇家の飼い犬ですが、子犬だったころは可愛がって貰えていたものの、大きくなった今では餌やりを忘れられたり邪険に扱われたりで、西脇家に不満を募らせています。

そんなある日、ヒメは不思議な石を舐めたことで、人間の言葉を理解し喋ることができるようになりました。これ幸いと一家に隠れてパソコンを使い、インターネットで知識を蓄え、末っ子の雅史にだけ喋れることを明かして彼を手懐けようとする……と、ここまでは、児童文学であってもおかしくないシチュエーションで、近所のネコに愚痴ったり、鼻先で懸命にPCのスイッチを押したりするヒメの姿に、微笑ましささえ感じますが、そんな「ほのぼの感」も長くは続きません。

小学五年生の雅史を自分に従わせるため、ヒメは人間並みの知恵と犬としての身体能力をもって、雅史を精神身体両面で追い詰めます。自分が「しつけ」として西脇家の人々にされたのと同じように――。そう、ヒメを突き動かしていたのは、人間への憤怒でした。ヒメはさらに、身勝手な理由でペットを死なせる人間たちの存在を知ったことで、怒りが爆発! ヒメや犬たちは、ペットを虐待したり、身勝手な理由で捨てたりする人間たちへ、凄惨な復讐を繰り広げていきます。町では野犬がうろつき人間を襲い、無残に引き裂かれ喉笛を噛み千切られた死体が転がり出るのです。そして、犬たちが人間から受けたような「ガスによる処分」にさえ手を出し……果たして犬たちの人間に対する闘争は如何なる結末を迎えるのか? 

物語のもう一人の主人公である小高悦哉は、動物管理センターに勤める人間。動物を愛する彼は、動物を殺処分しなければならない自身の立場に懊悩しつつ、軽はずみに動物を買ったり増やしたりしておきながら容易く処分に持ち込む人々に憤りを感じています。彼の眼を通して描かれる、動物たちの置かれた環境は苛烈であり、悪質なペットショップやブリーダーなどといった、現実の問題が次々抉り出されていきます。


ポップな外見ながら、無慈悲なラストに至るまでずしりと重い物語。これから動物を飼おうとするご家族には必読の一冊と言えるでしょう。

(CM)第4回ジャンプホラー小説大賞 絶賛原稿募集中です!

2017年8月12日土曜日

静かな丘の家に積み重なる、惨劇の年代記『私の家では何も起こらない』


 こんばんは、ミニキャッパー周平です。もうすぐ一つ校了の峠を越えて、ちゃんと睡眠がとれるようになるはずです。寝不足でホラーを読んで夢の中まで侵蝕されたり、朦朧とした意識で「この本、もう買ったんだっけ、まだ買ってなかったんだっけ」と悩まされたりする日々にも、これでおさらばできると思います。

それはさておき、本日のテーマは、幽霊屋敷ホラーの最前線をご紹介する「絶対に住みたくない物件」シリーズ第3弾。恩田陸の連作短編集『私の家では何も起こらない』です。

 
作家である「私」は小さな丘の上の家に住んでいる。家を建てた叔母は失踪し、家は持ち主を転々としたのちに、「私」の手に渡った。平穏に暮らしていた「私」だが、一つ悩みがある。この家が「幽霊屋敷」であるとの噂が立ち、それを信じる人々が訪れるのだ。今日も一人の男が家を訪問し、ここであったという惨劇について語り聞かせようとする。

いわく、台所で殺し合った姉妹がいた。ジャガイモの皮むきの最中に、何が原因かは分からないものの互いに包丁を向けあったらしく、二人の死体が発見された時、台所は血の海だったという。
いわく、近所から子供を攫ってきて、主人に食べさせていた女がいた。床下の収納庫には、ジャムやピクルスの瓶に混じって、子供たちの身体の一部がマリネとして保管されていたという。
そんなおどろおどろしい話を聞かされても、「私」にとってこの家は、ただの住みやすく居心地のいい住居でしかないのだが――

というのが、全10編を収録した本書の、第1編目の導入。ここまでで既に本書のタイトルが偽りあり、私の家ではヤバいことが起こりまくりだというのがお判りでしょう。しかし、これはまだ序の口で、この家の中は、「殺し合った姉妹」や「人攫い」のエピソード以外にも、女の影が映る二階の窓、少年の死んだ床下、木での首つりが起きた庭、幽霊屋敷探検に訪れた者たちが残した奇妙な痕跡、などなど、「いわく」の無い場所を探す方が難しいようなありさま。

明確な原因があるわけではないのですが(家の建っている丘は先史時代からあるものらしいですが、詳細は不明)、とにかくこの家の中ではひたすら猟奇的な事件、事故が起こり続けます。短編一編ごとに、様々な時代に起きたそれらの惨劇が、当事者の視線から静かに語られ、その積み重ねと絡み合いによって恐怖の年代記が積み上げられていく――というのが本書の趣向なのです。

独白や語り掛けなど、話し言葉を駆使した文体も恐怖の源泉のひとつで、

≪泣いてばかりいたから、肉がちょっとパサついているけれど、柔らかく煮えたわ。≫

などの一文の、さりげなくおぞましい言葉にぞっとさせられます。
本の後半になると、読者が見せられてきた無数の惨劇のこだまが家に降り積もり、「今」家に住む者、家にやってくる者に絶大な影響を及ぼすことになり、集大成といった趣があります。

というわけで、3回に渡った幽霊屋敷もの紹介、「絶対に住みたくない物件」シリーズはここまで。私の新居探しはまだ続いていますが、皆様も、お引越しの際は十分気を付けてくださいね。

2017年8月5日土曜日

化物屋敷で砂まみれの家族の団欒を――澤村伊智『ししりばの家』

今晩は、ミニキャッパー周平です。校正のために、生活が完全に昼夜逆転しました。このブログも朝4時に執筆しています。もし文章に変な部分があっても深夜テンションなのでご寛恕下さい。皆さんはぜひ、ホラー小説を読む際は、精神をもっていかれないよう健全な生活を心がけてください。

さて、前回から「絶対に住みたくない物件」探訪として、幽霊屋敷ものを取り上げておりますが、今回ご紹介するお住まいは、外からは一見したところ普通の住宅にしか見えません。けれど、中に住む者たちの実態はといえば……?
というわけで本日のお題は、澤村伊智『ししりばの家』。


『ぼぎわんが、来る』『ずうのめ人形』に続く、霊媒師「比嘉真琴」が登場するシリーズの3冊目ですが、ここからでも問題なく読むことができます。

小学生の頃、無人の幽霊屋敷に探検に訪れた五十嵐哲也は、その場で得体の知れない化物に遭遇した。友人たちは心を壊されたうえで命を落とし、哲也自身も、「頭の中で砂の音が鳴る」呪いらしき症状に四六時中苦しめられることになり、社会から脱落した。しかし、彼の人生を狂わせた幽霊屋敷には、新たな居住者が現れ、外からは平穏な暮らしがなされているように見えた……。

一方、夫とのすれ違いにわだかまりを抱える主婦・笹倉果歩は、幼馴染・平岩敏明と偶然再会し、妻と母との三人で暮らしているという敏明の家に招かれる。しかし、平岩家を訪れた果歩を待ち構えていたのは、家のあちらこちらにうっすらと砂が積もり、すすり泣きが聞こえる異常な空間で暮らしている家族の姿だった。敏明の妻・梓は、果歩に打ち明け話を始めるが……。

二つの視点から語られていくのは、一軒の家に長年巣食い続けてきた謎の存在「ししりば」の恐怖です。室内にあるはずがない「砂」を(床の上どころか、布団の中や、食卓にまで)呼び込み、中にいる住人たちにその異常さを気づかせない、という精神的な支配にぞっとします。家の住人たちが明るく談笑しながら食事していて、客人も恐る恐る料理に箸をつけると、口の中で「ガリっ」と……そういう「イヤ」さがぎしぎしに詰まっています。精神攻撃だけでなく物理攻撃も侮れません。ししりばが「砂」を用いて更なる暴威を振るい、二階建ての平凡な住宅を脱出不可能の異界に変える、映像的な表現は圧巻で、ぜひ最新のCGを用いてハリウッドで映画化してほしいほど。

恐怖を軸に先を読み進めたくなるホラーでありながら、読者の予想を裏切るどんでん返しを重ねつつ怪異の正体が明かされていく、ミステリ性をも備えている。そんな作者の手腕は今作でも健在です。意味不明な行動原理に従っているかに見えた「ししりば」が一体、この家で「何をしているのか」が明かされたとき、家庭という共同体に潜む狂気が抉り出される。読み終わった後、良質のホラーを読み終わった充足感とともに、「家族」を大切にしなきゃ、と思わざるを得ない、そんな一冊です。

そんなわけで、住む人はある意味で「幸せ」になれるかもしれない、しかし個人的には居住を全力で拒否したい物件『ししりばの家』でした。来週も、絶対に住みたくない家が登場します!

最後にCMを。第4回ジャンプホラー小説大賞絶原稿募集中。ミステリマガジンの書評欄でも取り上げられた白骨美少女ホラーミステリ『たとえあなたが骨になっても』、異世界転生極限恋愛ホラー『舌の上の君』もよろしくお願いします。

2017年7月29日土曜日

幽霊屋敷どうしを繋いでできた、究極の幽霊屋敷――三津田信三『わざと忌み家を建てて棲む』

今晩は、ミニキャッパー周平です。夏はホラー。白骨死体となった美少女探偵が謎を解く『たとえあなたが骨になっても』、食材として育てられた少女との恋を描く『舌の上の君』をどうぞよろしくお願いします。そして第4回ジャンプホラー小説大賞へのご応募もお待ちしております。

さて、私事ですが、引っ越しを考えております。ホラー小説の中でヤバい物件を数々見てきましたので、いわくつき物件を引き当てないよう祈りながら新居を探す毎日です。
という訳で、今回からはしばらく、「絶対に住みたくない物件」シリーズとして、ホラーの王道、幽霊屋敷ものを連続でご紹介します。

本日ご案内致しますのは、三津田信三『わざと忌み屋を建てて棲む』。同じく幽霊屋敷物の『どこの家にも怖いものはいる』の続編で、先週発売されたばかりの一冊です。



物件は、昭和後半に存在したらしき「烏合亭」。この建物を、世に数ある幽霊屋敷の中でも特異な存在たらしめているのはその設計思想。

謎の資産家・八真嶺(やまみね)が大金をはたいて造り上げた烏合亭は、さまざまな場所にあった「いわくつきの建物」を一ヶ所に移築し、繋ぎ合わせてしまった建物。つまり、一軒でも因縁があり人間に害なす存在である幽霊屋敷を、複数合体させてしまったわけで、八真嶺の意図は、「そこで何が起こるか実験する」というマッドサイエンティスト的なものだったのです! 

当然、烏合亭に近寄る人間が無事で済む訳はありません。八真嶺の支払う高額の報酬を求めて暮らし始めた者や、心霊現象の調査のため訪れた者に、烏合亭は怪物的としか言いようのない猛威を奮います。その記録は、日記やテープレコーダーなど全四本に残されており、それぞれ、烏合亭内の建造物、「黒い部屋」「白い屋敷」「赤い医院」「青い邸宅」について語られています。

幼い息子とともに「黒い部屋」に住み始めた母親は、髪の毛を引っ張る何者か、夢の中の正体不明の娘、匂い、物音、足跡、汚れ、などなどひっきりなしの膨大な怪奇現象に精神を蝕まれていき、原稿を執筆するべく「白い屋敷」で過ごす作家志望者は、自身の過去を抉るような人形の出現という怪異に見舞われ、探索のため「赤い医院」に踏み込んだ女子大生は、何者かの気配に追われて屋内を必死に逃げ回り、「青い邸宅」に調査へ訪れた心理学者は、撮影機材が捉えた不可解な足跡の謎に翻弄されます。

作家・三津田信三と編集者・三間坂秋蔵は、上記4つの体験者の記録をもとに、元の建物にあったらしいそれぞれの霊障、怪異現象について考察し推理するのですが、あくまでこれはミステリではありませんし、真実をしっかり掴み切ることもできず、二人にもやがて恐怖体験が降りかかることになります。そして、バラバラの短編のようだった四つの記録をまとめた時、浮かび上がる違和感から、「烏合亭」そのものの怪異がゆらりと立ち現れる――世界に幽霊屋敷ホラーは数あれど、これほどの怪異濃度を誇る幽霊屋敷もあまりないでしょう。
博学な作者による、大量のホラー作品への言及も見どころのひとつで、紹介されているホラーについ手を伸ばしたくなる一冊でもあります。


という訳で、早くも「絶対に住みたくない物件」として圧倒的な家が出てきましたが、次週も邪悪な住まい情報、もとい幽霊屋敷ホラーをお届けします!

2017年7月22日土曜日

少年は出会う。あまりに長い命で夜の世界を生きる、美しき吸血鬼と――菊地秀行『黄昏人の王国』


今晩は、ミニキャッパー周平です。学校によっては既に夏休みに突入していると聞きます。夏休みはレジャーに行くのが定番ですが、長期休みを利用して、読みたかった本を読んでみるというのも楽しいと思います。逆に、長編をまとめて読む時間が取れない方は、短編集に手を伸ばしてみるのはいかがでしょう。

というわけで、今回ご紹介しますのは短編集、菊地秀行『黄昏人の王国』。





全7編を収録した幻想ホラー作品集で、その大半が思春期の青少年を主人公とし、収録作のうち、
「帰還」は、神隠しから一年以上経って戻ってきた友人に向ける、少年の疑念とわだかまりを、
「夏のうた」は、海へ潜り、怪物に守られる沈没船から財宝を引き上げようとする少年の夏の儚さを、
「大海」は、とつぜん遠い時代の宇宙飛行士と精神をリンクさせてしまった若者の味わう、想像を絶する孤独を、
それぞれ描き、若者が誰しも抱くようなままならぬ感情を幻想によって増幅させ、読者に追体験させる作者の手腕に、舌を巻きます。

しかしこの本の白眉は何といっても、雑誌「Cobalt」に掲載された、「夕映えの女(ひと)」、「薔薇戦争」「青い旅路」「白い国から」の4部作。
これらはともに、美しく超越的な女吸血鬼との邂逅によって、一生消えないような経験を刻まれる少年たちを主人公にした物語です。

第1話「夕映えの女(ひと)」では、連続失踪事件に怯える町で、夜の世界を愛する高校生が、自分の住むアパートに越してきた謎めいた女性の正体を探ろうとする、ミステリ仕立ての物語。と説明してしまえば、オーソドックスなプロットに聞こえるかと思います。ただ、女性の名前が最後まで明かされなかったり、「吸血鬼」という言葉の使用を極限まで排したりと、作者の美学によって統御された世界は異様に美しく、夜の世界を昼の世界とは別のものとして描き出す超絶的な筆力や、宿命づけられた、人間と吸血鬼の絶望的な距離というテーマも手伝って、狂おしくリリカルな傑作です。

続く第2話、第3話の、学生演劇を巡る嫉妬と愛憎のドラマ「薔薇戦争」、喧嘩っ早い少年が、吸血鬼狩りをする者たちに力を貸す「青い旅路」、いずれも、事件と犠牲者が発生する場所に「彼女」の姿が見え隠れし、その真相に近づいた主人公が魅入られ、強い感情を引き起こされる、というもの。十代の外見を持ちながら「夜を生きるもの」であることを除いては、名前も含め、彼女の素性や過去が詳細に明かされることはありません。それでも彼女は各話で、冷たく麗しい印象を残していきます。

そして最終話「白い国から」は、この一冊のうちで唯一、大人が語り手。五十年前に惨劇が起こった、雪国のとある町に、夜間学校の転入生として現れた少女に戸惑わされる教師を描いています。雪の降る日の教室、廃業した映画館といった舞台装置で読者の抒情を掻き立て、重ねた歳月で連作の最後を飾るにふさわしいドラマを紡ぎだす絶品。この話を読み終わる頃には、作中で数々の少年たちが彼女に対して抱いた憧憬や思慕のような想いを、読者も持つようになっていることでしょう。名前さえ明かされない登場人物でありながら、怪異としてヒロインとして心に留まり続けるキャラクターに、皆さんも出会ってみてはいかがでしょうか。

ちなみに、同じく菊地秀行作品で、キャラクターの立ったホラー作品としては、当ブログではこれまでに『妖神グルメ』をご紹介しています。邪神をも惑わす外道料理人である青年が主人公の仰天作。

また、絵になるヒロインと男性主人公の、ぞっとするような「繋がり」を描くという点では、第2回ジャンプホラー小説大賞銀賞の『たとえあなたが骨になっても』同編集長特別賞『舌の上の君』 も絶賛発売中なのでお見逃しなく。

2017年7月15日土曜日

優しき幽霊たちとの出会いが、人生を変える奇跡に……牧野修『サヨナラ、おかえり。』

こんばんは、ミニキャッパー周平です。暑い日が続き、一歩も外に出たくない日和が続いておりますので、室内でホラー作品を読んで納涼されてはいかがでしょうか。Jブックス編集部的には第2回ジャンプホラー小説大賞の『たとえあなたが骨になっても』『舌の上の君』がお勧めです。アキバブログにはそれぞれの著者インタビューが掲載されていますので、ぜひそちらもご覧ください。

さて、普段は「怖い」話を優先的に紹介していますが、今回は趣向を変え、これまであまり取り上げてこなかった、ジェントル・ゴースト・ストーリーものを。

と、言われても何のことやらという方のために説明しますと、ジェントル・ゴースト・ストーリーとは……祟る・恨む・呪い殺すなど人間に危害を加える幽霊ではなく、人間と交流したり、人間と心を通わせたりする優しい幽霊の登場する作品。読者を怖がらせるよりも、ドラマで泣かせたり、ユーモアで笑わせたりするハートフルな物語であることが多いです。

さて、そんな短編を6作品収録したのが、本日ご紹介する牧野修『サヨナラ、おかえり。』です。こちらは2015年に『冥福――日々のオバケ』のタイトルで刊行されたものの改題文庫化本です。



借金を苦にして自殺を試みた男の前に現れた、病死した父親の幽霊。豪雨の日に孫娘を失った老人のもとに現れた、見知らぬ少女の幽霊。両親との不和に悩まされる女性を出迎える、自殺した叔母の幽霊。この本の中で幽霊と遭遇する主人公たちは、現実の苦難に直面したり、過去のトラウマに引きずられたりして、生きづらさ、どうしようもない苦しみに囚われています。そんな人々が幽霊と巡り会って、言葉を交わすことで少しだけ前を向く、といったような、ほんのり心が温まる、あるいは涙を呼ぶエピソードが詰まっています(表紙に描かれている5人+1匹は、恐らくそれぞれのお話に登場する幽霊の姿)。

ユーモアの漂うセリフの応酬や世界設定(餡のような魂、葛のような三途の川など)に和まされたりしているうちにうっかり泣かされてしまう作品も多く、普段は主にグロテスクでおどろおどろしいホラーを書いている著者の意外な一面を見せられます。

私が好きな短編ベスト3を挙げると、喋る猫の霊の助けを借りて人探しをする謎解きもの「プリンとペットショップボーイ」(尊大でありつつも人間心理に敏い猫の霊がキュート)、大切な家族の死を受け入れられない者への救済を描く感動作「草葉の陰」(重いテーマを扱うやるせなく切ない物語でありながら温かい読後感)、そして一番好きなのが、オバケ視点で人間を怖がらせる術の習得を描く異色の物語「オバケ親方」です。

主人公である青年は、交通事故で死んでしまい幽霊となっているのですが、この世にただ一つ大きな未練を残しています。それは、生前、好意を寄せていた女性が、詐欺師じみた男に騙され大金を巻き上げられそうになっていること。

彼女を救うために「騙されている」ことを何とか伝えたい主人公ですが、幽霊が生きている人間に情報を伝達する方法は一つしかありません。それは「怖がらせる」こと。かくて主人公は、想い人を救うべく、オバケの親方の下で弟子として、人間をビビらせるための「オバケ修行」をすることになるのです。

「人間を最も怖がらせるには、視界の左側から、近距離に現れるべし」などの、親方からの的確なアドバイスによって、主人公がオバケとして成長していく姿には、オバケ側の舞台裏を覗いているような奇妙なおかしみがあります。もしあなたが将来、視界の左側、近距離から突然現れる幽霊に遭遇したら、それは人間を怖がらせるために修行を積んだオバケなのかもしれません。

牧野修先生には、以前、ホラー作家になるためのQ&A企画でインタビューもしておりますのでこちらもぜひご一読を。第4回ジャンプホラー小説大賞にもどしどしご応募ください!

2017年7月8日土曜日

ゾンビがいる世界の密室殺人……&ゾンビ踊り食い!? 『わざわざゾンビを殺す人間なんていない。』



こんばんは、ミニキャッパー周平です。ようやく体調不良から生還しました。改めて、第4回ジャンプホラー小説大賞募集開始&「ミニキャッパー周平の百物語」第4シーズンを開始します! 絶賛発売中の『たとえあなたが骨になっても』『舌の上の君』ともども宜しくお願いします!

さて、『舌の上の君』は、食材として育てられた少女を食べることがテーマの話でしたが、今回ご紹介するのも、身の毛もよだつような「肉」を食べるお話なのです。




死者がゾンビ化するウイルスが蔓延し、人間を含む全ての哺乳類が「死ねばゾンビになる」可能性を持つようになった時代。死者の速やかな処理によって、人類はなんとか「ゾンビは出現するが社会は崩壊していない」世界を維持している。

そんな状況の中、密室に閉じ籠ったはずの研究者が、ゾンビになって発見される事件が発生した。生きていた人間が密室で殺されたのだから、つまりは密室殺人である。現場に乗り込んだ探偵・八つ頭瑠璃は、強引に事件捜査を請け負って犯人探しを開始する。瑠璃は密室殺人の謎を解くことができるのか、それとも、犯人の送り込んだゾンビたちの襲撃で命を落としてしまうのか。

密室殺人に加えて、読者の前に横たわるもうひとつの謎が、主人公たる探偵・瑠璃が「何者なのか」という問題。彼女はゾンビ関連技術に対して異様な執着を見せ、協力者からも疑念の目を向けられます。捜査パートの合間に挟まれる、瑠璃の子ども時代のエピソードでは、瑠璃の姉である沙羅が、瑠璃の存在をクラスメートたちにひた隠しにしたり、替え玉受験を瑠璃に強要したり……悲劇的な結末しか待っていなさそうな姉妹の愛憎劇からも目が離せません。

「事件の真相」と「探偵の秘密」という二つの謎で読者を翻弄し、やがて「ゾンビが普通に存在する世界だからこそ成立する密室トリック」が姿を現す、特殊環境ミステリとして極上の作品です。

さて、皆さんお待ちかね(?)何の「肉」を食べるか、という話ですが、ゾンビが当たり前に発生する世界で、倫理観の変化と食糧不足によってもたらされる結論は一つしかありませんね。そう、ゾンビの肉を食べるのです。ゾンビウイルスにより熟成されていて普通の肉より美味なのだという話で、この作品で一番ぎょえええっと叫びたくなる部分は、ゾンビを「踊り食い」する人たちの存在です。
こちらめがけて襲い掛かってくるゾンビを、鷲掴みにし、引きちぎり、肉をむさぼり食う。こちらにかじりつこうとするゾンビにかじりつき、食らう。ゾンビを「素手で倒しながら食べる」という想像を絶するスタイリッシュグロテスクアクションは、ゾンビ小説史に残る衝撃シーンとして必見です。

著者の小林泰三先生には、以前に「ホラー作家になるためのQ&A」企画でインタビューを行いましたので、ぜひこちらもご覧ください。

またゾンビといえば、Jブックスからはほのぼのゾンビスローライフ小説『たがやす ゾンビさま』も刊行されておりますのでこちらも宜しくお願いいたします。