2016年3月26日土曜日

閉じ込められた少女たちの創世の記録――〔少女庭国〕

 今晩は。ミニキャッパー周平です。 第2回ジャンプホラー小説大賞の〆切まで残り3ヶ月。志望者のみなさん、応募用の原稿は進んでいますか?
 ホラー賞宣伝隊長の私は、キャラの個性が強い作品が好きな一方、スケールの大きな作品も好きです。というわけで、本日のテーマは、矢部嵩『〔少女庭国〕』。



 この小説は、ごく一般的に想像される「ホラー」のイメージからは大きく踏み外しています。
 矢部嵩はホラーレーベルからデビューした作家であり、本作以前に発表した本は三冊ともホラー、『〔少女庭国〕』もいかにもホラー然としたシチュエーション(デスゲーム風)で幕を開け、ホラー読者でないと耐えられなさそうな描写(カニバリズムなど)もあり、答えの明かされない理不尽さや、倫理観の超越はホラーそのものですが――にもかかわらず、読み味は他のどんなホラーにも似ていません
 ではファンタジーやSF的か、と言うとそうでもなく。
 とにかく、あらすじをご紹介しましょう。

 卒業式の日、学校の講堂に向かう途中の廊下で意識を失った羊歯子(しだこ)は、見慣れぬ部屋で、一人きりで目を覚ました。石造りの殺風景な室内にあったのは、「卒業(脱出)」のためのルールが書かれた一枚の紙と、隣の部屋に向かう扉のみ。

 示されたルールは、かいつまんで説明すれば以下のようなもの。
●一つ先の部屋には、別の少女が寝ている(扉を開くと目を覚ます)。その次の部屋にも、そのまた次の部屋にも、別の少女が寝ている。どこまでも部屋は続き、どの部屋にも少女が寝ている。
自分以外の、目覚めている少女が全員死ななければ、「卒業(脱出)」できない

 じっくり吟味すれば、「扉を開けるほど競争相手の少女が増え、殺さなければならない相手が増える」というものですが、羊歯子はそこに気づく前に、十一の扉を開け、十一人の少女を目覚めさせてしまいました。
 食糧もろくにない中、羊歯子を含む十二人のうち「たった一人しか生き残れない」、十一人が死ななければならない、という状況に追い込まれたのです。羊歯子たちの選択は――?

 ……結論から言うと、羊歯子たち十二人のグループの物語は、開始五十ページで早々と決着が着いてしまい、彼女たちは物語から退場します。
 ギリギリ、普通の不条理脱出ゲーム系ホラーの範疇に留まっているのはここまで。

 その続き、『〔少女庭国〕』という本の大半は、羊歯子たちとは別の選択をした少女たちの物語になります。
 別のグループでは、無軌道に次々扉を開けていった少女の行動により、数千とか数万、それどころか数億の「閉じ込められた」少女たちが目覚めてしまいます。こうなると、脱出の方法、「最後の一人になるまで他の少女を皆殺しにする」ことは不可能になります。

 そして目覚めてしまった大量の少女たちは、生き延びるために試行錯誤を積み上げていきます。排泄物や人肉を食って食料不足を補い、人骨から打製石器を産み出し、開拓がなされ、奴隷が生まれ、王が生まれ、農耕が始まり、科学が芽生え、哲学が芽吹き、娯楽が誕生し……おびたたしい挫折と壊滅と屍の上に、彼女たちの歪な「国」が築かれていきます。

 先ほど、ホラーの常道からは外れているし、かといってファンタジーやSF的でもない、と書きましたが、ひとつだけ読み味が似ているジャンルがあります。
 それは「歴史書」。
 突き放した視点、名前を覚えたそばから死んでいき、目まぐるしく立ち代わる登場人物。あたかも文明の興亡を追っているような、スピーディーなのに重厚な印象を与えるその物語は、歴史書を読むのに近い興奮を与えてくれます。無数の名もなき少女たちの営為の果て生まれた、死者をリソースとする呪われた国家の、勃興と爛熟と衰亡。それが、わずか二百頁弱の中に凝縮された、濃密な物語。巨視的でありながら、ちっぽけな少女たちのやるせない想いにもスポットが当たる。「スケールの大きな小説」「破格のフィクション」に触れたい人に、ぜひ推したい一冊です。


(※書影はAmazonより引用しました)




2016年3月19日土曜日

戦慄に到る病――牧野修『奇病探偵』

今晩は。第2回ジャンプホラー小説大賞宣伝隊長、ミニキャッパー周平です。
4月4日(月)に担当書籍二冊(『罪人教室』『殺たん 解いて身につく! 文法の時間』)が発売されます。ぜひぜひ応援よろしくお願いいたします。

私は二冊分の校了が重なってここ1ヶ月ほど体調がガッタガタな訳ですが、今回はそれにちなんだ本を――

とその前に。皆さんはバッケスホーフ脳炎という病気を知っていますか?
「非寛容の病」とも呼ばれる疾病で、1996年にアムステルダムで発見されました。当時、アムステルダム新市街では、奇妙な事態が起きていました。もともと大人しい性格だった人たちが、ある時期を境に人格が変わったように粗暴になり、暴力事件を起こして逮捕される。そんなケースが多発していたのです。

逮捕者たちの身体検査を行った結果、彼らは脳の視床下部に特殊な炎症を負っていることがわかりました。その炎症がホルモン分泌に影響を与え、長期的に強いストレスをもたらし、結果、彼らは暴力事件を引き起こしたのです。

罹患者の名前をとってバッケスホーフ脳炎と名づけられたその病気は、寄生性線虫の感染によって引き起こされるもので、タンザニアのチンパンジーに固有の病でしたが、ペットとして輸入されたチンパンジーを感染源として、都市にも広がったのでした。

暴力が感染する、とは恐ろしいですね。あなたはこの病気をご存知でしたか?

ご存知ではないと思います。
実在しない病気なので。
という訳で改めて、今回のテーマは牧野修『奇病探偵』です。


就職活動に失敗し続けた青年・森田彼岸は、経歴を偽って「日本疾病管理予防研究所」の求人に応募する。そこは「奇病」と呼ばれるような希少な病気を研究する日本で唯一の施設だった。事務として採用されることになった彼岸は、所属している研究者たちに振り回されながら、さまざまな「奇病」の症例と遭遇していく――と言えば、昨今のキャラクターお仕事ものの一種に見えますが、「バイオニックサスペンスホラー」と銘打たれた本作品はもっと闇寄りになっています。

主人公の同僚となる研究者はほとんどが女性ですが、危険人物ばかりで、新薬の治験と称していきなり首筋に注射してくる者がいるし、目的のために病原菌を持ち出して他人に感染させようとする者がいるし、グロテスクな病気の画像データを集めて持ち歩いている者がいる。さらに、研究所から菌が漏れて病気が広まったという過去の事件や、前任者の離職にまつわる謎などもあって、不穏な空気が流れています。

そして一番の見所は、奇想天外な症状をもたらす病。脳浮膿性突発感情障害、真実の口(ボッカ・デラ・ベリタ)病、ウェンディゴ憑依症など、作者の創造した病気は、もっともらしいメカニズムで説得力をもちながら、現実にはありえない異様な光景を見せてくれます。先に述べたバッケスホーフ脳炎の設定も、すべて作者のでっちあげ。

特に秀逸なのは「蒐集吸虫」感染の症例で、この虫に寄生されると、清潔さを保つ本能が抑制されてしまいます。結果として、感染者はゴミがまったく捨てられなくなり、それが行き着く先は――色々やばい病気が登場する小説ですが、これには一番罹りたくないものですね。

先にも述べた通り、現在の私の体調はガッタガタなのですが、病気にはならぬよう体を休めて、来週末には万全の状態でブログを書きたいものです。皆様、よい週末を。

(※書影はAmazonより引用しました)

2016年3月12日土曜日

大槻ケンヂ特集

今晩は。ミニキャッパー周平です。
第2回のジャンプホラー小説大賞の締め切り6月30日まで、そろそろ折り返し地点。お勧めしたいホラー作品はまだまだありますが、このままのペースではレビューしきれないので、たまには作家特集を行い、一気に取り上げてみたいと思います。

というわけで。今回は、ミュージシャンとしても強い人気を誇る大槻ケンヂの作品から、記憶に残るホラー・オカルト作品をまとめてご紹介。



初期短編の「くるぐる使い」(『くるぐる使い』収録)は複数のアンソロジーにも再録されたメジャー作。正気を失った娘=「くるぐる」に芸をさせる見世物で稼いでいた、「くるぐる使い」の男の懺悔。彼の犯した罪とは? 普通の娘を「くるぐる」に変えてしまう手管のおぞましさや、「くるぐる」少女の悲しき恋情に、胸が痛くなる一本です。戦前という舞台や男の語り口もあって、実在の風習を覗き見するような生々しさがあります。


個人的な好みでいえば、「英国心霊主義とリリアンの聖衣」(『ゴシック&ロリータ幻想劇場』収録)もお勧め。オカルティズムが蔓延する1900年代イギリスで、「舞い踊ることによって死者と交流する」という触れ込みで時の人となった、16歳の霊媒の少女を襲う破滅とは。誰もが大切な人との再会を願い、交霊会に参加していた時代。寓話的な軽やかな語りから、歴史の影に隠れた哀切な物語が浮かび上がります。


ユーモラスなものでいえば、異形コレクションシリーズ『闇電話』に書き下ろされた「龍陳伯著『秘伝・バリツ式携帯護身道』」。シャーロック・ホームズシリーズに記された正体不明の最強武術「バリツ」。それを発展させ、「携帯電話」を武器・防具に用いた護身格闘術をつくり上げたと称する男の著書という体裁。写真を多用して紹介される「バリツ式護身術」の滑稽さが爆笑を誘います。


短編の最高傑作と呼べるのが、「ロコ、思うままに」(異形コレクションシリーズ『オバケヤシキ』初出)。一つ目や鰐女などのファンタジックな怪物たちの暮らす不思議な家で、怪物たちを唯一の友に育った少年・ロコの色彩鮮やかな日常――しかし、ロコの視点から見た世界は、まやかしに過ぎず……。過酷な世界の真実の姿が徐々に明かされる構成と、詩的で力強い文体もあいまって奇跡のような一作になっています。



そして、長編からご紹介するのは、代表作『ステーシーズ』です。15歳から17歳の少女が突如として理性を失ってゾンビ化し、人を襲うようになった世界。ゾンビ化した少女を元に戻す手段はなく、細切れの肉片に変え二度と復活しないようにするほか、対抗策も存在しなかった。
チェーンソーで少女たちをバラバラにする、凄惨なスプラッターそのものの場面でも、ゾンビ化した少女を「再殺」しなければならない男たちのやるせない想いが、圧倒的な言語センスで、叙情的に描かれます。少年少女の痛みや苦しみに寄り添う物語を書き続けてきた大槻ケンヂの、ひとつの到達点と呼べる名品です。

作詞で培ったリズミカルで語りかけるような文体、比喩表現の巧みな描写の力、屈折せざるを得ない少年少女へ向ける、暖かいまなざし。それらを備えた大槻ケンヂの作品は、これからも、多くの若い読者の心を射抜いていくでしょう。

(※書影はAmazonより引用しました)

2016年3月5日土曜日

どうぞ安らかに

今晩は。ミニキャッパー周平です。第2回ジャンプホラー小説大賞宣伝隊長として、現在まで通算21回にわたってホラー小説紹介などしているわけですが、私自身はものすごく怖がりです。

小学生の頃、学校の近くに墓場があり、同級生などは平気でそこで遊びまわっていたりしたようなのですが、私はなるべく近づかないようにしていました。幽霊がどうとか祟りがどうとかではなく、「侵してはならない場所」の独特な雰囲気に免疫がなかったのです。今回は、そんな私が「お墓」をモチーフにした作品を紹介します。


このテーマなら忘れてはいけないのがエドガー・アラン・ポー。「生きたまま葬られるのではないか」という不安にとりつかれ、あらかじめ墓内に安全装置まで準備した男の恐怖体験を描く「早まった埋葬」(『ポオ小説全集 3』収録)、妻を殺して壁に埋めた男の計略を、切れ味鋭いオチが待ち構える「黒猫」(『ポオ小説全集 4』収録)など、埋葬モチーフの作品が複数有りますが(「早まった埋葬」の主人公の怯え方などを見ると、ポー自身が埋葬に対して強い恐怖感、あるいは異常な関心を抱いていたのではないか、と思えます)、実は現実世界でも、ポー自身の墓に、正体不明の訪問者に纏わる奇妙なエピソードが発生しています(詳しくは「ポー・トースター」でググってみてください)。


墓に纏わるホラー作品で、他に思い出されるのは古典中の古典、W・F・ハーヴィー「炎天」(『怪奇小説傑作集1』収録)。ある暑い日に外出した男の、些細極まる出会いをスケッチした、「ほとんど何も起こらない」けれど、「何かが起こるかもしれない」物語で、何を言ってもネタバレになるので詳述しませんが、墓石をキーアイテムとして、いわく言いがたい不穏で奇妙な後味を残す傑作。


ちょっと毛色が変わってフィッツ=ジェイムズ・オブライエン「墓を愛した少年」(『怪奇小説日和』収録)。鄙びた村の寂れた教会墓地の中にある、小さな墓。墓碑銘もなく、ただ太陽の図だけが刻まれた墓を発見した少年は、次第にその墓に愛着を持つようになる。墓の周囲を手入れし、花を植え、墓とともに眠り、墓を抱き、接吻し、遊びさえ忘れて墓とともに幸せな歳月を過ごしていたが、ある日、その平穏を奪うものがやってきて――。1861年発表と、時代を経た作品ながら、少年の沈痛な哀しみに、現代の読者も心を乱されること必至の切ない一作。


ホラーというより幻想小説なので短く触れるに留めますが、シオドア・スタージョン「墓読み」(『海を失った男』)は、妻を喪った男が、妻の思いを知るため「墓を読む」という能力を持った「墓読み」に弟子入りするという、暖かく奇蹟的な物語。


日本の作品なら、アンソロジー『異形コレクション 幻想探偵』に書き下ろされた入江敦彦「霊廟探偵」の世界観が魅力的。切り裂きジャックの影に怯える19世紀末のイギリス。面積を無軌道に広げ、迷宮と化した霊園において、訪れる人々を目的の墓へ迷わず案内することのできる能力をもった「霊廟探偵」――その職を父から受け継いだ若者の物語。舞台設定から生まれるムードが素敵な一品。


最後は篠田真由美「墓屋」。本作品は、同じアンソロジー・シリーズ『異形コレクション』の中でも、東日本大震災を受けて編まれた『異形コレクション 物語のルミナリエ』に書き下ろされたもの。唯一の肉親である祖母を、大災害で喪った主人公。死者は墓に埋葬して弔うのが世のならわしだが、災害で墓すら失われてしまった今、祖母のために何ができるだろうか? 迷える主人公の前に訪れたのは、かつて祖母が語っていた「墓屋」なる人物だった。墓石や墓所を売るでもない「墓屋」は、死者を弔うために何をするのか。掌編ながら壮大なスケールで、鎮魂の想いが静かに胸を打つ佳品です。

墓とは、生者と死者、こちらと向こうの仲立ちをするインターフェース。いたずらに肝試しなどをせず、厳かな気持ちで手を合わせたいものですね。