2016年2月27日土曜日

Z級グルメに邪神も復活? クトゥルー×料理の異味ホラー、菊地秀行『妖神グルメ』

 今晩は。金曜26時の男こと、ジャンプホラー小説大賞宣伝隊長・ミニキャッパー周平です。
 グルメ漫画が花盛りですね。各種ランキングで1位を取った『ダンジョン飯』はすっかりメジャーになりました。私は『〆切ごはん』とか『新米姉妹のふたりごはん』とか『ラーメン大好き小泉さん』とか、女の子がまっとうに美味しいご飯を食べている漫画が特に好きです。

 今宵、ご提供したい一皿、もとい一冊は、グルメものなのですが――もちろんホラーですから、到底まっとうなメニューではありません。

 という訳で、『吸血鬼ハンターD』シリーズなどでお馴染みの超人気作家・菊地秀行の、裏代表作とも呼ばれる作品『妖神グルメ』です。



 高校生でありながら、イカモノ(ゲテモノ)料理の天才的シェフである内原富手夫の前に、ある日、「我々の主のために、料理を作ってほしい」という奇妙な来客が訪れる。来客が報酬として示した大量の金貨や宝石を前にしても、首を縦に振らなかった富手夫だったが、古代の料理の秘術が隠されているという『ネクロノミコン』なる書物のことを聞き、誘いを受けることにする――という幕開け。

 そう、本作品は、ラヴクラフトの生み出した暗黒神話大系「クトゥルー神話」と料理人テーマを悪魔合体させた、世界でも例のないホラーなのです。

 富手夫の作り出す極上の一皿には、絶大な力が宿っており、ひとたび口にすれば、飢え衰えた邪神クトゥルーは力を取り戻し、再び世界を闇に陥れる。ゆえに、邪神を復活させようとするクトゥルーの信奉者と、世界の破滅を阻止すべく動き出す各国の諜報機関・軍隊や、ヨグ=ソトース神を信仰する第三勢力が、富手夫の身柄を巡って血まみれの一大戦争を繰り広げることになる。クトゥルー神話ではお馴染みの怪物たちが、次々現れて人類を殺戮する様は圧巻で、おぞましく悪夢的ですが、しかし肝心なのは、この作品が「グルメもの」だということです。

 普段はぼんやりしているのに、料理のこととなると傍若無人・傲岸不遜となる、富手夫の作り出す料理が並尋常ではありません。カビ、蝿、サソリ、ガラガラ蛇、機械油、洗剤、その他おおよそ目を背けたくなるような「食材」を駆使して作り出される料理によって、邪教集団との料理対決に勝ったり、暗黒神を撃退したりする。料理対決して勝つとかいうと少年漫画の主人公っぽいですが、しかし、富手夫自身は人類の味方でも何でもなく、自分のイカモノ料理道の追求のためには人類が滅んでも一向に構わない、というヤバい奴。相手を罵倒、見下し、高笑いしながら料理をする絵面は完全に悪役。読者は、クトゥルーの怪物の襲撃ばかりでなく、「次に富手夫が何をしでかすのか」「もうすぐ富手夫がダークサイドに落ちるのではないか」「というか最初からダークサイドなのでは」などにも戦々恐々としながらストーリーを追うことになるでしょう。

 昨今では、クトゥルージャンルの小説や漫画が世に溢れていますが、32年も前に書かれたこの作品は、今なお、屈指の奇想天外な傑作として君臨し続けています。それは、「クトゥルー+グルメ」というアイデアのみならず、読者に絶大なインパクトを残す富手夫というキャラにも、強い魅力があるからなのです。

(※『妖神グルメ』の書影は、Amazonより引用しました。)

2016年2月20日土曜日

闇に生きる兄弟――真藤順丈『庵堂三兄弟の聖職』

今晩は。毎度おなじみジャンプホラー小説大賞宣伝部長ミニキャッパー周平です。
まずはCMから。2016年7月29日発売予定の『小説おそ松さん 前松 缶バッジ付き限定版(仮)』、Amazonで大好評予約受付中です!

今回はそんな六つ子の人気にあやかって、「兄弟もの」のホラー作品を選んでみました。
お題は、真藤順丈『庵堂三兄弟の聖職』。




職人気質で人間嫌いだが、弟思いの長男・正太郎、一般的な会社員生活に馴染めない次男・久就(ひさのり)、暴言と暴力の発作を抱える三男・毅巳(たけみ)。彼ら兄弟の育った庵堂家は、社会の暗部でとある家業を営んでいた……。

最近では、何らかの珍しい職業に就いている登場人物を扱った小説――「お仕事もの」と呼ばれるジャンルが花盛りですが、彼ら庵堂家の請け負っている仕事は、中でもぎょっとするような内容です。

遺体加工。遺族からの注文を受け、死者の骨・皮などを素材に、形見となる様々な生活用品を作り上げる、というものです。依頼がくれば、遺体を工房に運び込んで、解体を開始する。作中で、人骨や人皮や人間の脂肪で作り上げられるのは、櫛、石鹸、箸、かばん、ペーパーナイフ、風鈴、etc,etc…。「お仕事中」の描写は、人間をばらばらにして加工する訳ですから、形だけ見れば猟奇殺人現場みたいなものなので、えげつないことは間違いありません。しかし本作は、決して一部スプラッターファンのみに向けた作品ではないのです。

本編で焦点になるのは、一癖も二癖もある庵堂三兄弟、彼らの絆です。
亡き父親から家業を引き継いだ長男・正太郎と、かなり屈折しているものの、正太郎の職人魂、想いを信じて疑わない久就と毅巳の関係性は、その辺のホームドラマよりもずっと血の通ったものに見えます。
庵堂家に突如舞い込んだ、これまでにない難度の「大仕事」を軸にしつつ、末弟である毅巳の恋と懊悩に兄ふたりが振り回され、父の真実や兄弟の出生の秘密も明かされる。そう、これは残虐ホラーではなく、堂々たる家族小説なのです。

この世に残された遺族のため、死者の「声」を聞こう、此岸に留めようとしながら、人体加工作業に挑む正太郎の姿と、それを支える兄弟たちの姿は、絵面こそエグいものの、プロジェクトX的な凄味と鎮魂の切なさの入り混じった、経験したことのない感動を与えてくれます。

決して日向の世界に出てくることはできないが、死者と残された者の橋渡しをするという、ある意味では神聖ですらあるかも知れない仕事。それによって分かちがたく結ばれた兄弟たちの姿を、エネルギッシュに、パンクに描いたグロテスク&ハートフル小説。兄弟ものが好きだという方、(グロ描写がOKなら)お勧めの一冊ですよ。


(※書影はKADOKAWAのHPより引用しました。)



2016年2月13日土曜日

高貴な吸血鬼を生んだ、ルーマニアホラーの世界へ

【先週のあらすじ】セラフ小説版の打ち上げで向かったルーマニア料理店がおいしい店だったので、次はルーマニアホラーを紹介すると大胆にも予告したミニキャッパー。果たして、日本でルーマニアホラーは見つかるのか!?
 

こんばんは、丑三つ時のミニキャッパー周平です。「ルーマニア ホラー」で検索すると、とりあえずドラキュラ伯爵の話ばかりが引っかかるという状態で、「どう探せばよいのかすら分からん」と、この企画始まって以来のピンチでしたが、なんとか見つけ出しました。
というわけで、予告通り、本日はルーマニアホラーです。



まずは『東欧怪談集』より、ジブ・I・ミハエスク「夢」。ルーマニアは第一次大戦に連合国側で参戦。戦勝により領地を広げますが、一方でソビエトの拡大により国内に火種を抱えました。

第一次大戦に従軍した男・カロンフィロフが戦地から故郷に戻ると、ソビエトによる接収や粛清が吹き荒れた後だった。裕福だった義父や義兄弟は密告により処刑されており、最愛の妻も姿を消していた。妻も処刑されたものと信じて、妻の死を受け入れて暮らしていたカロンフィロフだったが、ある日、酒場で、妻と同じ名前の踊り子についての噂を聞く……。

巧みな筆致で描かれる、「妻が生きているのではないか」という主人公の焦りや疑念、期待、心のぐらつきに、深く感情移入してしまうこと必至。読みながら予想した「最悪の結末」を更に越える、残酷で悲劇的な展開に愕然とし、心を引き裂かれそうになります。この土地がこうむった受難の歴史を、愛する者たちの別離に象徴させる悲しき傑作。「夢」というタイトルが示すものがあまりにも切ない。お勧めです。

時計の針を進め、同じく『東欧怪談集』より、ミルチャ・エリアーデ「一万二千頭の牛」。
第二次世界大戦に枢軸国側で参戦したルーマニアは、連合国から首都ブクレシュティ(ブカレスト)に大規模空爆を受けていました。

度重なる空襲で無数の犠牲者が出て、政治家は田舎へと逃げ出し、残された人々は空襲警報に怯える(恐らくは、1944年の)ブクレシュティ。
主人公の男・ゴーレは、商談のためにブクレシュティに訪れたものの、取引相手が町を脱出してしまったため、一人取り残されていた。ゴーレは夜の酒場から帰る最中、空襲警報を耳にして、必死に防空壕に逃げ込む。だが、そこで待ち構えていた人々は明らかに言動がおかしい。狭い防空壕の中で悪夢めいた時間が始まる……。

オーソドックスな怪談のバリエーションと見せて、最後の一行が更なる迷宮へと誘う作品。また、「空襲下の怪談」という点では、松谷みよ子らが収集した、太平洋戦争期の日本の怪談との類似性も感じられ、奇妙な親近感も沸いてくる一編です。

しかしながら、ルーマニアは、戦後に高度経済成長を迎えた日本とは違い、更なる受難の歴史を迎えることになります。チャウシェスク政権による長期の独裁です。



ダン・シモンズ「ドラキュラの子どもたち」(『夜更けのエントロピー』収録)は、先の二本と違ってルーマニア人作家の手によるものではありませんが、近年のルーマニアを舞台としています。

独裁者チャウシェスクが革命によって処刑された後。チャウシェスク政権下の人口増加政策によって生まれた子どもたちの多くが、親に捨てられることとなり、いわゆるストリートチルドレンが大量に生まれている。満足な教育も受けられず、社会の影で生活し、重い病気にかかっても治療を受けることができず、感染症は蔓延している。ルーマニアに訪れた復興支援の使節団は、彼らの惨状を目の当たりにすることになります。一つまみのホラー/幻想味を加えつつ、実際の悲劇を告発し、現実の闇を抉り出す重厚な作品。



というわけで、ルーマニアの近代史について、ホラー作品とともに紹介しました。
吸血鬼ドラキュラのモデルとなったヴラド公は、敵兵に対する残虐なエピソードで有名ですが、一方で、ルーマニアでは「侵略から祖国を守った、救国の英雄」として称えられることも多いそうです。それはひとえに、苦難の長かった歴史の中で、ヴラド公のカリスマ性がひときわ輝くからかも知れません。そんなことを思いながら、名作「吸血鬼ドラキュラ」を読み返すのも良いかもしれませんね。


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(※『東欧怪談集』『夜更けのエントロピー』の表紙はAmazonより引用しました。)



2016年2月6日土曜日

怪しい植物群

 今晩は。ミニキャッパー周平です。
 第2回ジャンプホラー小説大賞、絶賛募集中。ぜひぜひご応募を!
 そして、第1回ジャンプホラー小説大賞銅賞受賞作、「ピュグマリオンは種を蒔く」絶賛WEB公開中です。キャッチコピーは「地獄へ導く恋」。衝撃の猟奇純愛ホラーをどうぞよろしく。

 さて、「ピュグマリオンは種を蒔く」の作中では、「シシクイバナ」なるおぞましき植物が物語の鍵を握る訳ですが――今回は、植物をテーマにしたホラー作品を見ていくことにしましょう。


 H・G・ウェルズ「めずらしい蘭の花が咲く」(『世界最終戦争の夢』収録)は、植物怪談の古典中の古典。


 蘭のコレクターが、販売会で手に入れた新種の蘭の苗。それは、ジャングルで発見された変死体のそばで見つかったといういわくつきの一品だった。コレクターは、新種の蘭がどのような花を咲かせるか期待して育てるが……。いかにも十九世紀らしい怪奇小説というか、新種の蘭が見せる凶暴性、人間に牙を剥くその姿は、おどろおどろしくも、現代の目で見るとどこかユーモラスにさえ感じます。


 ジョン・コリアー「みどりの想い」(『怪奇小説傑作集2』収録)もやはり、新種の蘭を手に入れた男の話。



 蘭を育てていた部屋で、猫や人間が姿を消し……という、案の定とも言える始まりなのですが、こちらでは、早々に主人公たちが蘭に取り込まれて、蘭の一部になってしまいます。植物と完全に同化し、全く身動きができないまま、精神もゆっくりと植物に侵食されていく中、部屋に訪問者が……というストーリー。一ミリも動けない極限状況の中で、ただならぬ緊張感の高まっていく、「奇妙な味」のホラーです。

 英国作家のこの二作を見ると、日本で桜に特別な思いを抱く人が多いのと同じように、英国では蘭の花に妖しい匂いを感じるのがポピュラーなのかも知れませんね。

 そして、日本からは、石黒達昌の代表作「冬至草」(『冬至草』収録)を。



 図書館の地下蔵書室、古い学術雑誌のページの隙間から、押し葉の形で見つかった植物。
 放射性物質を含んだその植物「冬至草」の正体を探る調査から浮かび上がってきたのは、昭和初期に冬至草の研究に生涯を捧げた、ある男の末路だった。
 近づく者を魅了し、深淵へと引きずりこむ冬至草は、獰猛な生態とは裏腹に、幻想的な美しさをもっています。戦場跡に芽吹き、夜の闇の中で光るその姿は、まさにこの世のものではありません。そっけないレポート形式の中に、人間を惑わす悪夢のような「美」を鮮烈に描ききった傑作ホラー。ぜひご一読を。

 さて次回は……この前食べたルーマニア料理が美味しかったので、ルーマニアホラーとか探してみます。


(※『世界最終戦争の夢』『怪奇小説傑作集2』『冬至草』の書影はAmazonより引用しました。)