2016年4月2日土曜日

霧の都の怪異談――北原尚彦『首吊少女亭』


 今晩は。ミニキャッパー周平です。

 まずは、怒涛の宣伝から。4/4に、ジャンプ小説新人賞<金賞>受賞の学園ドラマ『罪人教室』、超人気学習参考書の第3弾『暗殺教室 殺たん 解いて身につく! 文法の時間』が同時発売です。そして、SQ.編集時代の担当漫画『灼熱の卓球娘』(アニメ化発表されました!)の第3巻も同じく4/4発売。よろしくお願いします! もちろん、第2回ジャンプホラー小説大賞も募集中です!!

 今回でこのブログも25回目。大槻ケンヂ「英国心霊主義とリリアンの聖衣」、入江敦彦「霊廟探偵」、キム・ニューマン『ドラキュラ紀元』など、これまで紹介してきたホラー作品の中には、大英帝国の、いわゆるヴィクトリア朝前後を舞台にしたものがいくつかありました。そういう小説が多く世に送り出されるのは、霧深いロンドンの町、人間の死が間近にあった時代というものが、ホラーの題材として格好のものだということなのでしょう。

 そこで今回は、日本におけるシャーロック・ホームズ研究の大家であり、ヴィクトリア朝を書かせれば右に出る者のいない作家・北原尚彦のホラー短編集『首吊少女亭』をまるっとご紹介しましょう。



 収録作品は12本ですが、なんとそのすべてが当時のイギリスに関連したホラーです。
 まず冒頭におかれた「眷属」では、(とある危険な人物を先祖にもつ)現代人の男が、19世紀末のロンドンへと迷い込んでしまいます。四輪馬車が走りガス灯がちらつくロンドンの光景は、ディテールに富み、音や匂いまで仔細に描いていく文章に、のっけから、時空を超えて霧の都の暗闇に引きずり込まれること必至です。
 
 収録された作品群は、いずれも徹底的な時代考証に裏打ちされており、当時の人々のリアルを感じさせつつ、その空気にマッチした、ムードのある恐怖を現出させることに成功しています。
 たとえば下水道で金属拾いをして生計を立てている者、舞台女優に憧れながら娼婦に身を落とした者など、都市の暗がりに生きる人々が出会った「この世ならぬもの」の戦慄が描かれたり(それぞれ、収録作「下水道」「新人審査」)。切り裂きジャック事件はなぜ始まりなぜ終わったのか――『黒博物館スプリンガルド』でおなじみ、怪人ばね足ジャックとは何者だったのか――乗客乗員が消えうせた<メアリー・セレスト号事件>を引き起こした不幸な犯人とは――などなど、歴史の意外な真実が解き明かされたり(それぞれ、収録作「凶刃」「怪人撥条(ばね)足男」「遺棄船」)。

 あるいは、「鳥の巣売り」という実在した職業の男の語りで、H・G・ウェルズの『宇宙戦争』の残念な裏話を明かす「火星人秘録」、『フランケンシュタイン』に影響を受けた科学者によって生み出された人造人間の悲哀「人造令嬢」など、史実とフィクションを軽やかに行き来する手つきも見事です(ネタバレになってしまうので伏せますが、これ以外でも、名作小説のキャラがちらりと顔見せしたり、あるいは物語のラストに深くかかわってきたりします)。

 さまざまな美に魅せられた者たちが、一線を越えてしまう物語にも筆は冴えます。
 庶民の見世物であった<活人画>の女優に惚れ込んだ男の末路(「活人画」)、古書収集に憑かれた人々の秘密(「愛書家倶楽部」)、美酒を生み出すために酒屋たちが生み出した方法(「首吊少女亭」)などなど。おそらく、一冊の中で一番コワい話は、可愛らしい「貯金箱」に魅了された子供の物語――銀行家である父親に買ってもらったプレゼント、骨董市の掘り出し物であるその貯金箱が幼子にもたらす破滅とは。ラストシーンは本書でもっとも禍々しく、心に残ります。

 というわけで、大英帝国の闇をたっぷり堪能できる一冊。週末に、本の中でイギリス旅行などいかがですか。

(※書影はAmazonより引用しました。)