2018年2月17日土曜日

山は異世界。町とは違う理の支配する場所――coco・日高トモキチ・玉川数『里山奇談』

今晩は、ミニキャッパー周平です。古橋秀之のSFショートショート集『百万光年のちょっと先』、レビューや感想をネットに上げて下さっている方、ありがとうございます。短いお話をたくさん収録した本は、読んだ後に「どの話が好きだったか」を人と語り合うことができるのが楽しいですね。本日ご紹介する一冊も、掌編ほどの短い物語がたっぷり収録されています。

というわけで今回の一冊は、coco・日高トモキチ・玉川数『里山奇談』。



生物観察のために山に入る人、ヒッチハイクの旅人、ハイキングに出かけた夫婦、山郷の住人など、様々な人々が(主に)山で遭遇した怪異を中心に語る、ショートストーリー40編を収録した、実話風怪談集。浜辺や離島を舞台にした作品も含まれていますが、ほとんどが「山もの」というのが特徴です。

まず目に留まるのは、山は生き物に溢れた場所であるという点で、本書自体が生き物観察の愛好家たちによって集められた内容という体裁であるため、怪異の体験者・登場人物にも、昆虫の観察や撮影を趣味とする人が多く、その時点で何やらディープな世界が広がっています(「甲虫専門の人」「蛾が専門の人」「カミキリムシが専門の人」などがおり、それぞれ「甲虫屋」「蛾屋」「天牛屋」と称されるのだとか)。そして、亡くなった妻が蛾になって帰ってきたと語る男の話「白蛾」、蛍を用いた弔いの風習について語られる「ほたるかい」、老人を襲った惨劇を描く非常にグロテスクな作品「巣」などを読むと、都会人が普段ノスタルジーと幻想の中に押し込めている「虫」への異界感、生理的な断絶が、非常に生々しい感触をもって蘇ってきます。

山里の怪異にまつわる信仰や伝承について、詳細な解説がなされ、知的好奇心をくすぐる読み物的な作品もあります。「アイとハシとサカ」は『アイ』『ハシ』『サカ』を含む地名が示す危うい特異性を、「神木と御鈴」では、神木に軽々しく触れることの禁忌の訳を、「山笑う」では、山中で起こる不思議な現象に起こる対処法を、それぞれ知ることができます。これらの真実味をもった説明のうち、どこまでが事実でどこまでが創作ととらえるかは読者に委ねられています。この方向性での一押し作品は「エド」で、いわゆる心霊スポットの説明を足掛かりに、『悪しきモノ』の存在によって穢れた場所と周辺住民たちの関係について解説がされるのですが、最後の一行が、心霊スポットどころではない名状しがたい余韻を残します。

その他にも、バリエーション豊かな怪談・奇談が収録されており、山の集落で行われていた盟神探湯めいた裁判方法に隠された秘密を描く「カンヌケサマ」は意外な展開への驚き。鹿を轢き殺した猟師のゾンビ的体験を描く「いけるしかばねのしかのし」はユーモラスな印象。交通量のほとんどない島になぜか唯一立っている信号機の由来が明かされる「信号機」はハートフル。幼少期に目撃した華やかな『狐の嫁入り』の記憶が、大人になった後に全く様相を変える「山野辺行道」はノスタルジックで抒情的。弟とともに廃病院の探索に訪れた少年の体験「廃病院にて」は、怪異が現れた瞬間にビビること必至、がっつり怖い。……などなど、書き手が三人いることもあってか様々な味わいが楽しめる一冊。

好奇心旺盛な読者であれば、読み終わって山の怪しい魅力に憑りつかれるでしょうし、ビビりな読者はしばらく山に近寄りたくなくなること必至の本と言えます。ちなみに私は後者です。


2018年2月10日土曜日

神隠しの森に潜む怪異と悪意――三津田信三『魔邸』

今晩は、ミニキャッパー周平です。ホラーとは全然関係ないですが、小説:古橋秀之、画:矢吹健太朗のSFショートショート集『百万光年のちょっと先』が刊行されました。ぜひご一読下さい! さて、『百万光年のちょっと先』では帯に銀色の特殊紙を使用していますが、カバーに銀色の特殊紙を使用したホラー本を見つけました。

というわけで、本日の一冊は、三津田信三『魔邸』です。



小学校六年生の世渡優真は、幼いころに実父を亡くし、母の再婚後は義父との関係に悩んでいる。夏休み、義父の海外赴任に母が付き添うことになったため、優真は義理の叔父・知敬の所有する別荘に身を寄せることになった。優しい義父とともに暮らせることを喜んでいた優真だったが、別荘地付近で、かつて「神隠し」事件がたびたび起こったことを知らされ、恐怖に怯えることになる。

優真はそれ以前にも、「ここではない、別の世界」に迷い込んでしまい、そこで得体の知れない怪物に追いかけられる、という経験を2度したことがあり、超常的な「異界」の実在を知っていたのだ。別荘での不安な生活が始まったが、深夜、目を覚ましてしまった優真は、そこに存在するはずのない「何者か」を目撃してしまう――。

これまでにも二度(『のぞきめ』『わざと忌み家を建てて棲む』)著作をご紹介しましたが、三津田信三といえばミステリーとホラーの融合に並外れた実力を発揮する作家であり、今回もそういった楽しみのある作品です。ホラーかと思っていた物語がミステリに化ける。しかし油断しているとまたホラーへと化ける。そんな狐狸妖怪めいた物語が本作品なのです。

まずホラーとしての魅力。屋敷と呼べるくらい巨大な別荘で、深夜に響くこちらを探すような足音、ドアの隙間から覗いてくる真っ黒い顔など、幽霊屋敷ものとしての怖さも十分ですが、それにも増して怖いのは別荘に隣り合う「森」です。姿を消した子供が見つかるが、いなくなった時のことは何も覚えていないし、それどころか別人にすり変わっているような違和感がある。あるいは、姿を消した子供がそのまま見つからずに終わる。そんな事件がたびたび起こっている「蛇蛇森」の存在は、作中でも際立って禍々しいムードを放っており、その亜空間めいた「蛇蛇森」に優真は導かれて行ってしまいます。


一方で、超常現象の数々に紛れ込むように配され、優真が味わわされていた幾つかの恐怖体験には、ミステリ的な「真相」が隠されています。その中身、物語の裏で進行していた事態が明らかになり、見えていた世界がホラーからミステリのそれに急変する時の驚きは作中でも格別です。伏線が周到に張られていたにもかかわらず、真実にたどり着けなかった読者が味わう「騙される快楽」は格段のものでしょう。そして、謎が解かれた結果として優真は最大の窮地を迎えてしまいます。ホラー的な悪意とミステリ的な悪意の重奏によって、最後の一行まで気を緩めることのできない物語。最後はどちらで終わるのか、確かめてみてください。

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2018年2月3日土曜日

南米に花開いためくるめく奇想幻想。J・L・ボルヘス他『ラテンアメリカ怪談集』

今晩は。ミニキャッパー周平です。今日は長くなりますので、前置きなしにご紹介を。
J・L・ボルヘス他『ラテンアメリカ怪談集』(鼓直・編)です。



このシリーズは、『イギリス怪談集』『フランス怪談集』『東欧怪談集』『中国怪談集』など、8090年代にかけて刊行された各国・地域の怪談集シリーズなのですが、昨年末この一冊のみが復刊されました。
ラテンアメリカといえばマジックリアリズム小説豊穣の地。日常の中に、現実ではあり得ないことや、スケールの大きすぎる事態が平然と入り込み、それが当たり前に受け入れられ、奇妙な世界が創り上げられていく――そんな手法を得意としていて、純文学/ファンタジー/ホラーといった本邦でのジャンル区分では語りづらい作品が多いです。このアンソロジーにも、ボルヘス、コルタサル、パス、フエンテスなど、ラテンアメリカ文学の重要人物と呼ばれる作家がずらりと顔を揃えています。

※以下、各短編を、作者(出身国)「作品名」の形で表記してご紹介していきます。

まずは分かりやすくホラーらしいホラーから。
アンデルソン=インベル(アルゼンチン)「魔法の書」は古書ホラー。蚤の市で見かけた本には、魔術的な文字で、キリストと同時に生まれたとされる伝説の不老不死の人物「さまよえるユダヤ人」の自伝が書かれていた。そこには世界の宗教史を覆す内容が含まれていた……。普通には読むことができず、文字列に意識を没入して読み続けないと、気を抜いた瞬間すぐに文章が読めなくなり、冒頭から読み直す羽目になる。そんな鬼畜仕様の本に心を囚われてしまった男の運命は?
オカンポ(アルゼンチン)「ポルフィリア・ベルナルの日記」は耽美ホラー。家庭教師である女性は、自身の教え子から日記を見せられますが、その中身は彼女の隠された顔を暴き、恐るべき運命を予言するものでした。

普通ならホラー以外のジャンルに区分される作品も少なくありません。
ルゴネス(アルゼンチン)「火の雨」は古代を舞台にした災害小説。明言はされていませんが恐らくは噴火で滅んだ日のポンペイ、その地獄絵図を、見てきたかのような臨場感たっぷりの筆致で、しかし、破滅を受け入れた男の視線から静かに描いています。
ビオイ=カサレス(アルゼンチン)「大空の陰謀」は、テストパイロットが試作機の飛行で墜落して、地上に戻ってくると、誰も彼のことを知らない奇妙な世界に迷い込んでいた……というSF的な興趣をもったもの。
レサマ=リマ(キューバ)「断頭遊戯」は古代中国を舞台に、幻術使い(生物を操ったり、誰かの首を切ったあと元通り繋げる、などといった奇術・魔術を行う)の流転する人生を描く伝奇物語。
ボルヘス(アルゼンチン)「円環の廃墟」は著者の代表作の一つである幻想小説。神殿の廃墟でひたすら眠り、夢を見続ける男の目的は、夢の中で一人の人間を創造することだった。夢の中で創造された人間の行動は……? 無限の世界に思いを馳せる哲学的な内容です。

恋愛がモチーフになった作品も、やはり一筋縄ではいきません。
キローガ(ウルグアイ)「彼方で」は、大恋愛の果てに心中を選んだ女性の語りですが、心中して命を落とした後も、彼女の語りは平然と続きます。生前の思い通り、愛した男と逢瀬を重ねるものの、やがて……。人間の魂の脆さが胸に刺さります。
アストゥリアス(グアテマラ)「リダ・サルの鏡」は、意中の男を手に入れようと、恋のまじないに手を出した女を待ち受ける悲劇。まじないは、男が祭礼で着ることになっている服を先に一度着ておくという素朴で微笑ましいものですが……? 最後の一文の悲しい美しさは、この本の中でもピカイチです。
パス(メキシコ)「波と暮らして」は人間と「波」の恋愛を描いた、世界幻想文学史上でも高名な作品ですが、この短編については以前の記事で触れたのでご参照のほどを。

アンソロジーとしての目配りらしく、コミカルな作品も挟まっています。
モンテローソ(グアテマラ)「ミスター・テイラー」は、干し首の収集がブームになるというブラックユーモア。先進国の道楽によって途上国が被害を被る、という文明批評の側面も。
ムヒカ=ライネス(アルゼンチン)「吸血鬼」では、見た目が非常に吸血鬼っぽい男爵が、その見た目をホラー映画製作陣に見込まれて、主演を務めることに。製作陣はホラーのプロであるため、「こんなにも吸血鬼っぽい人は吸血鬼ではないだろう」という逆先入観に囚われていますが、案の定、男爵は本物の吸血鬼でした。非常に大仰な文体なのにホラーを茶化すような展開の連発で、読んでいる間くすくす笑ってしまいました。

さて、いよいよ本書の本領である、怪談と言うか幻想文学というか純文学と言うか、ほのめかしに満ちて、どこまでが現実でどこからが超現実なのかわからない、そんな面妖な作品群です。私としても、あらすじは理解できても、解釈を一つに定めにくいものばかり。
リベイロ(ペルー)「ジャカランダ」。大学で教鞭を執っていた男が妻を亡くし、その土地を離れようとしていた。ところが、彼の後任でやってきた女性の素性が、どうにも彼の亡くなった妻のそれと同じものらしい。一体何が起きているのか、結末をどういう感情で受け止めるべきなのか、読後も頭を悩ませる作品です。
ムレーナ(アルゼンチン)「騎兵大佐」では、軍人の葬儀に紛れ込んだ、冒涜的な振る舞いをする怪しい男が登場します。フエンテス(メキシコ)「トラクトカツィネ」は、古い屋敷に引っ越した男が、別世界めいた庭で謎の老婆に遭遇します。どちらも、不吉な存在の禍々しさは伝わりつつ、正体はよくわかりません。
そして、こういう謎めいた方向性の歴史的作品が、コルタサル(アルゼンチン)「奪われた屋敷」。中年の兄と妹がふたりで暮らしている大きな屋敷。兄が読書を、妹が編み物をして過ごす平凡な生活は、しかし徐々に侵食されていく……屋敷を奪おうとする者の狼藉によって。緊張感と切実さに満ちており、二人の諦観とそれを超える悲しみは胸を打ちます。が、屋敷を奪っていく存在が何者なのか、具体的にどうやって奪っていっているのか、(兄妹には分かっているのに)読者には、最初から最後までさっぱり分からないという恐るべき構成。想像力をくすぐられること請け合いです。


読書好きには、奔放なイマジネーションに満ちたラテンアメリカ文学に出会って、人生が大きく変わった人も大勢いると思いますが、その入り口にもなり得るアンソロジーです。ホラーという範疇には括りづらくなっていくので、これ以上はこのブログの扱う範囲からズレて行きますが、手に入りやすい本として、ボルヘス『伝奇集』、コルタサル『悪魔の涎・追い求める男 他八篇コルタサル短篇集』などもお勧めしておきます。

2018年1月27日土曜日

地下帝国に潜むモグラ兵たちの奇奇怪怪な生態……飴村行『ジムグリ』

今晩は。ミニキャッパー周平です。一読者としてはこのブログを好き放題書いている一方で、他社の本をこのブログで紹介するたびに、編集者としては若干の心の疼きを感じてしまうきょうこの頃。そんな折も折、タイミングよく弊社の怪奇小説が文庫化されました。

というわけで、今回の一冊は、飴村行『ジムグリ』。ホラーファンには『粘膜人間』シリーズでお馴染み(私のお勧めは2冊目『粘膜蜥蜴』)の作者によるノンシリーズ長編です。


息子を亡くして以来、心を病んでいた妻・美佐が姿を消した。夫・博人に何も告げず、ただ「トンネルにまいります」という素っ気ない書置きを残して。トンネルとは博人たちの住むX県獅伝町に存在する「虻狗隧道(あぶくすいどう)」のこと。そこは、モグラと呼ばれる、地上人とは異なる社会を形成した武装集団の住む人外魔境。博人は危険を知りつつも、美佐を連れ戻すため虻狗隧道へと向かうが……。

モグラとは、山間部の地下洞窟で生活しているまつろわぬ民「黄泉族」の別称。彼らの存在は、大正時代に「地下帝国の住人」としてセンセーショナルに取り上げられたものの、大戦の混乱期に、すっかり忘れられています。しかし北関東X県では、いまだに時折地上に現れるモグラ兵の影に怯え続けています。こういった偽史部分は、「サンカ」伝説を連想させる、歴史と社会のダークサイドを覗くようなほの暗い楽しさがあります。

「妻を助けるために地下世界へ潜る」といえば、冒険小説めいて聞こえるかもしれませんが、博人はあっさりとモグラ兵に捕まって地下へ連れ去られ、自身も地下世界の住人として闇の中へ順応させられていくことになります。防毒面・防塵マスクで表情のうかがえないモグラ兵の外見はその時点で不気味ですが、地下世界で明らかになるモグラ兵たちの異様な生態と世界観こそが、本書を比類のない幻想怪奇小説にしています。モグラ兵は軍隊として生活の規律を守って生活しながら、「人間は水である」とか、「音は殺傷能力や治癒能力をもっている」などの、奇妙な哲学を大量の造語でもって語り、それを博人に飲み込ませて仲間にしようとします。顔中の孔から水分を排出させられるイニシエーションであったり、グロテスクな爬虫類を殺させる適性検査であったり、生理的な嫌悪感あるいは痛みに訴える描写もあいまって、読者は、頭がぐるぐるさせられるような、洗脳にも似た酩酊感を、博人とともに味わうことになるでしょう。

そして、博人が「闇」に順応させられてしまってからの最終章は、地上の倫理が吹き飛んでしまった博人の行動に慄然とさせられます。そこで見せつけられる「妻」の姿も凄絶な美しさがあり、それまでの欝々とした悪夢感とはまた別種の、鮮烈でショッキングな悪夢が待ち受けていることでしょう。

なお、「青春と読書」2月号には、作者によるエッセイが載っていますが、実は本書の誕生秘話にもなっているのでこちらも気になる方はご一読下さい。

次回はまた弊社以外の本になると思いますが、お目こぼし願えればと思います。


2018年1月20日土曜日

大ボリュームの怪異データベース。朝里樹『日本現代怪異事典』

今晩は、ミニキャッパー周平です。ここまで81回に渡って「気になるホラー小説」を紹介してきたこのブログ。先週の予告通り、今回は初めて、「小説以外のもの」を取り上げたいと思います。それはエッセイでもなければ漫画でもなければオカルト本でもなく……「辞書」です。

というわけで、今回の一冊は、朝里樹『日本現代怪異事典』。


「主に戦後の日本を舞台として語られた、現在の常識からは説明し難い超自然的な存在・現象・呪い・物体などにまつわる話を収集」するというコンセプトで纏められたこの一冊。3段組み、本文420ページ強、索引60ページ、収録項目1000以上と、とんでもないデータベースになっています。

出典は、松谷みよ子『現代民話考』や水木しげるの著作などのメジャーなものから、日本民話の会が収集した怪談集、読者の体験談を集めた「学校の怪談」系の本、都市伝説のまとめ本、2ちゃんねるのオカルト掲示板で語られた話、怪談サイトへの投稿、チェーンメール、などなど多種多様。江戸時代から語られる神隠しの森「八幡の藪知らず」から、Siriの不可解な応答によって広まった都市伝説「ゾルタクスゼイアン」まで縦横無尽。
「トイレの花子さん」「赤マント・青マント」「こっくりさん」辺りの90年代以前から語られていたオーソドックスな怪談と、「NNN臨時放送」「八尺様」「きさらぎ駅」「巨頭オ」などゼロ年代以降インターネットを通じて有名になった怪異が勢ぞろいするのは壮観ですし、「夜叉神ヶ淵の怪」「真夜中のゴン」「妖怪ヤカンおじさん」「真夜中のゴン」「リンゴゾンビ」「ブリッジマン」など聞いたこともなければググっても出てこない怪異も満載。マニア垂涎の一冊となっています。ちなみにリンゴゾンビは体育館に毎日リンゴを落としていき拾わせようとするゾンビ、ブリッジマンはブリッジしたまま追いかけてくる怪異だそうです。

メジャーな怪異であっても知らなかった情報がふんだんに含まれており、たとえば、「口裂け女」の項目では、口裂け女への対抗手段として、「『ポマード』と三回唱える」「『わたし、きれい?』という質問に『まあまあです』と答える」、などの有名なもののほかに、「べっこう飴を投げつける」「ボンタン飴をあげる」「りんごを投げつける」「小梅ちゃん(キャンディ)の大玉をあげる」「100点のテストを見せる」「掌に大と書いて見せる」「ハゲ、ハゲと繰り返し言う」「バンドエイドを鞄に貼っておく」「まっすぐ逃げず途中で曲がる」「建物の三階以上に逃げる」など、様々なバリエーションが出典付きで載っているのです。

索引の充実ぶりも見事で、五十音順索引のみならず、「類似怪異」「出没場所」「使用凶器」「都道府県別」などの索引から調べることができます。たとえば「出没場所」の「高速道路」の欄を見ると、高速道路には、(「人面犬」や「ターボババア」のように聞いたことのあるものの他にも)、「棺桶ババア」「蕎麦屋のおっちゃん」「猫人間」「バスケばあちゃん」「ヒッチハイクばばあ」などの様々な怪異が出没するのが一目で分かります。謎の老婆率。

本書はまず同人誌として通信販売されたものの注文が殺到、増刷を繰り返しても在庫が瞬殺されるという事態となり、最終的に商業出版された、という経緯をもっています。私も通信販売で買い逃したうちの一人。今回ようやく手に入れられて感無量です。


膨大なテキスト量の本ですし、一気に読み通すというよりは、気になった項目から拾い読んでいくのが良いかもしれません。怪談ファンはもちろんですが、ホラー小説を書こうとする人には、ぜひ一度手に取ってほしい、資料度の高い一冊です。

2018年1月13日土曜日

不思議な「石」の声を聞く若者と、勝手気ままな人魚(男)の奇妙な触れ合い――『人魚の石』

今晩は、ミニキャッパー周平です。読むものがフィクションに偏り、エッセイの類はあまり読まない私ですが、ブックガイドの性質をもつ本は別で、この間も、円城塔+田辺青蛙『読書で離婚を考えた。』という、SF・純文作家である夫とホラー・怪談作家である妻との、本の薦め合い&感想の応酬という、異色でハラハラさせられる一冊を堪能したところです。

本日ご紹介する一冊は、その著者の一人である、田辺青蛙の作品『人魚の石』。



関西の静かな山寺に引っ越してきた青年・日奥由木尾(ひおくゆきお)。彼は亡くなった祖父・昌義(まさよし)の跡をついで、住職としてそこに暮らすことを決めたのだった。だが、新生活を始めるため、池から水を汲み出して掃除しているうちに、池の中に真っ白な男が横たわっているのを見つけてしまう。池から出てきた男は、人魚を名乗り、昌義の知人を自称する。人魚の話によれば、昌義は「石の声」を聞く能力を持っており、山の中に散らばっている、不思議な力をもった石を集めていたのだという。人魚の手ほどきによって由木尾もまた、石の声を聞き、それを見つけ出す能力を与えられるが――

がっつり怖いホラーではなく、落ち着いた幻想怪談連作といった佇まいのこの作品。真っ先に目に留まるのは、各話でクローズアップされる、奇想天外な力を秘めた「石」の数々。記憶を吸い取り中に留めておく「記憶の石」。これは何らかの体験を忘れたい人によって利用されたため、たいていは忌まわしい記憶が封じ込められており、物語全体に暗雲を呼び込んでいます。そのほか、枕代わりにすると、夢の中で物語をきかせてくれる「物語石」や、幽霊を閉じ込めた「幽霊石」、目に入れると少しだけ未来を見せてくれる石など、さまざまな「石」に関わっていくことで、恐怖体験をしたり、九死に一生を得たりと、翻弄される主人公・由木尾の姿が見どころです。

そしてもう一人の主人公ともいえるのが、そのパートナーであり、由木尾によって「うお太郎」と名付けられた、人魚()です。由木尾の言葉をほとんど聞き入れてくれず、服が苦手で家の中でも全裸で過ごすことが多く、たまに服を来たかと思ったら女装、などと勝手気まま、自由奔放な「うお太郎」によって由木尾の日常生活は脅かされるのですが、それでも由木尾は友情めいた感情を抱くようになります(それは、人魚の持つ、人間を惑わす力によってなのかもしれませんが……)。由木尾は彼以外にも、どうも人を殺してきたらしい実兄、災いを告げる謎の少女、石探しを強要してくる天狗など、多くの登場人物に振り回されつつ、寺の過去に近づいていくのですが――やがて明かされる、「山でかつて起きた惨劇」の内容は、中々にハードで、そこには由木尾自身に大きな傷を負わせる真相も。人魚や天狗がふらりと登場する、牧歌的ともいえるムードと、妖や石に近づいたことで人生を踏み外してしまった人々の、血なまぐさい真実。それらが表裏一体となって不思議なハーモニーを奏でる一冊となっています。

さて、今年はホラー「小説」に限らず、ホラーファンにお勧めしたい書籍もご紹介していこうと思っています。早ければ来週にも。乞うご期待。

2018年1月6日土曜日

百鬼夜行の幻影の先に見えるのは「日本語」という怪異――竹本健治『クレシェンド』

明けましておめでとうございます、ミニキャッパー周平です。本年もよろしくお願いいたします。そしてお正月を迎えたということは、第4回ジャンプホラー小説大賞の〆切(6月末)までちょうど半年になったということです。私は今年も気になるホラーを頑張って紹介して参りますので、応募者の皆さんもぜひ原稿を頑張ってください。

せっかく新しい年なので、これまでご紹介したことのない作家のホラー作品を探そうとお正月の書店をさまよううちに、帯に踊る「百鬼夜行」の文字に惹かれて購入したのが今回の本。というわけで、2018年最初にご紹介する一冊は、竹本健治『クレシェンド』です。



ソフト開発会社に勤める矢木沢は、日本の伝承をモチーフにしたゲームソフト開発の途中、資料のある会社地下の通路で強烈な幻覚を体験する。それは、極楽鳥や小人や猩々や髑髏や異形の者などの集団、つまり「百鬼夜行」と呼ぶべき内容のものだった。その原因を探ろうとするうちに、浪人中の少女・真壁岬と出会い、彼女の協力も得た調査で幾つかの事実が判明する。社屋の地下は、かつてそこにあった「陸軍の技術研究所」をそのまま流用したものだったこと。そこで轡田清太郎という人物によって進められていたのは、日本民族・日本文化についての極秘研究だったこと。その研究こそが、百鬼夜行の幻覚を生み出している源泉なのか――?

作中で語られる内容には、日本神話の伊邪那岐(いざなぎ)の黄泉国(よもつくに)訪問のエピソードとギリシャ神話・ポリネシア神話との不思議な類似、日向神話と南洋諸島の伝承の関連性、「言霊」信仰、アマテラス=卑弥呼説などなど、日本神話や日本語についての衒学が大量に含まれています。それによって、怪異の原因探求の道筋は、日本人・日本語のルーツを探る旅にも似てきます。

しかし、そんな調査をしつつ、精神科医の診断を受けてているうちにも、主人公の幻覚症状はどんどん悪化していき、記憶さえ怪しい箇所が出始めて、恐怖は募っていきます。タイトルの「クレシェンド」とは音楽用語で「次第に強く」の意味。はじめは地下通路でしか起こらなかった幻覚が、旅行先でも発生するようになり、声を伴ったものになり、他人にも見えるようになり……出現するものの中味もより異形さを増したものになり、描写も異様なものになっていきます。


そして、「言葉」がカギになる作品だけあって、クライマックス近辺では、伝説上の生き物が矢木沢たちに牙を剥くストーリーが進行すると同時に、本書のページは怒涛のタイポグラフィで埋め尽くされることになり、驚倒すべき画面になります。「言葉から恐怖が生み出される」という構造そのものに切り込んだ内容であるという点、本書は、怪異小説であると同時に、怪異論であるとも呼べるかもしれません。