2017年10月14日土曜日

名匠たちの「泣ける」ホラー10編――井上雅彦編『涙の招待席 異形コレクション傑作選』

今晩は、ミニキャッパー周平です。突然ですが日本語の雑学から。「鳥肌が立つ」という表現は、恐怖や寒さ、不快感によってもたらされるネガティブな生理的感覚を指すのであり、感動した時に「鳥肌が立つ」という表現を使うのは誤用なのだそうです。が、そんなことを言われても、感動した時に鳥肌が立ってしまうのは事実なので、私は日本語のルールなど無視して、この表現をどんどん使っていきたいと思います。

そんな前置きを挟みたくなるほど、今回ご紹介する本は、読みながら何度も、鳥肌が立ってしまう一冊だったのです。というわけで本日は、井上雅彦編『涙の招待席 異形コレクション傑作選』。




1998年から2011年まで刊行され、約50冊を数えた伝説の書き下ろしホラー・アンソロジー『異形コレクション』。本書は、その膨大な作品群から、涙を誘う感動の物語に絞って厳選したという一冊なのです。よって、収録作は「ホラー」でありながら「泣ける」ストーリーばかり。

冒頭に置かれた短編、「のちの雛」(作・速瀬れい)の題材になっているのは、第二次大戦前に、日米交流で日本に寄付された西洋人形たちです。はじめは小学校などに飾られ、大切に扱われた西洋人形ですが、日米の開戦後に憎悪の対照になり、ほとんどが焼却・破壊されました。史実の悲劇を告発しながら、幻想の力によって傷ついた人の心を癒す、優しい物語です。「夢淡き、酒」(作・倉阪鬼一郎)も太平洋戦争が影を落とす作品です。演歌歌手になる夢をもった男と、自身の店を持つ夢をもった女の幸福の日々が、戦火に奪われてしまいます。回想形式で語られる男の一生はペーソスに満ちていて、ほんの僅かな救いが一層切なさを引き立たせます。

現世に残された人間が、死者との超常的なコミュニケーションを得る、という趣向の作品も少なくありません。「燃える電話」(作・草上仁)は、幼馴染だった電話好きの女性の死に呆然とする男が、か細い希望にたどり着く物語。ばらまかれた謎のピースがぴたりと嵌まって、タイトルの意味が分かる結末に震えます。掌編「そのぬくもりを」(作・傳田光洋)は、僅か7ページの短さの中で、我々の普段思い描くのとは異なった幽霊のありようが示唆される哲学的な一編。唯一の漫画作品である「帰ってくる子」(作・萩尾望都)では、喪った弟の幻影を見てしまう少年の、思春期の葛藤が生々しく切り取られます。「失われた環」(作・久美沙織)は、男女のすれ違いを入り口に、ある種の彼岸の光景をファンタジックかつ鮮やかに描きだします。

人ならざる者は、ホラーでは恐怖を与えてくるのが定石ですが、この本の中では少し違います。廃校になって久しい過疎地の小学校が、工事でダム底に沈むことになり、かつてその小学校に通った仲間たちが集う、「再会」(作・梶尾真治)は、思い出の中にいる正体不明の<友達>が残した奇跡が、ノスタルジーたっぷりに描かれます。「異なる形」(作・斎藤肇)は、医師を主人公とし、唯一の肉親である娘が徐々に羽や鱗の生えた異形の存在と化していく、という悪夢的事態が描かれ、怯えと愛情で揺れる主人公の姿に胸を打たれます。掉尾を飾る短編「雪」(作・加門七海)は、劇団に所属し、舞台上に降らせる紙吹雪を作っている男が、入院先の病院で化生の女に遭遇する、というストーリー。人間と妖の絆の儚さが印象深く、クライマックスシーンの映画的な美しさにも圧倒されます。

このアンソロジー内での一押しは「語る石」(作・森奈津子)。幼い少女が父親の書斎で、しゃべる石に出会うという筋立て。少女と石の交流をコミカルに描きつつ、剽軽な性格をもち奇妙な雑学を教えてくれる石がいったい何者なのか、なぜ石なのか、というのが物語のキモなのですが、ぜひお読みになってその正体を確かめてみてください。


『異形コレクション傑作選』が今後も続くこと、『異形コレクション』が復活することを、ホラー読者の一人として強く願っております。

2017年10月7日土曜日

理性を焼き尽くす紅蓮の災禍――ステファン・グラビンスキ『火の書』

こんばんは、ミニキャッパー周平です。夜食を買いに会社の外へ出たら、危うく引き返しそうになるくらいの強烈な寒さでした。ついこの間まで夏だったはずなのに、秋はどこへ行ってしまったのでしょうか、完全に冬です。

冬だからこそ、温かくなるような本を読みたいものですが、今回取り上げます本は、少々熱量の度が過ぎているようで――というわけで、本日のテーマはステファン・グラビンスキ『火の書』。



ポーランドの怪奇幻想作家が1922年に刊行した作品集を元に一編をさしかえ、インタビューなども収録した本なのですが……炎をイメージした真っ赤な表紙に、焦げ跡のような黒ずんだ手形がついているという、造本からして燃え盛る火属性のオーラを纏った一冊となっています。帯には『炎躍る、血が沸き立つ。』と大きく書かれており、書店で見かけるとビビるほどの存在感です。そして収録されている短編9編は、いずれも火や煙に関する恐怖、狂気、強迫観念を題材にしているという超コンセプチュアルな本なのです。

たとえば、冒頭の短編「赤いマグダ」は、消防士が主人公なのですが、彼の娘は「勤める場所すべてで原因不明の火災が起きてしまう」というジンクスを負っており、主人公は、火から人々を守るべき消防士としての立場と、娘を想う父親としての立場の板挟みになります。
同じく消防士ものである「四大精霊の復讐」の主人公は、火事を研究し続けた結果、火に対する魔法じみた耐性をもつに至った消防本部長。荒れ狂う火災現場でも火傷を負わず生還し続けるヒーローとして活躍していたものの、やがて炎そのものからの復讐に遭い……。

この二編に限らず、火という得体の知れない存在が、人間のまっとうな営みを飲み込み、食い散らしていく様が描かれます。「火事場」は、誰が家を建てても火災で燃え落ちてしまうといういわくつきの丘に新居を建てた家族の末路。「炎の結婚式」は、火災現場でしか性的興奮を満たせない男の悲劇。「ゲブルたち」は、精神病院内で誕生した、火を崇拝する宗教団体が行った、狂騒的な儀式の顛末。「煉獄の魂の博物館」は、霊が出現したとされる場所に残された焦げ跡を収集する、風変わりな司祭の数奇な運命。……多くの作品が、致命的な結末に至るであろう予兆をはじめからみなぎらせていて、やがて業火に焼かれるか、炎のごとく暴力的な破壊に襲われて劇的に幕を閉じる。その中で繰り返し登場する火や火災や煙は、獰猛かつ神秘的に描かれており、人間を惑わして狂気へ導く生命、人類を陥れる悪魔そのもののように見えます。火に酔う、あるいは火に憑かれる登場人物たちに引きずられるように、一気に読むと熱病にかかったかのごとく、くらくらしてしまいそうです。

煙突掃除人が恐怖体験を語る「白いメガネザル」、かまどの火が燃える傍での悪夢の一夜を描く「有毒ガス」など、火の暴力性が直接描写される訳ではない短編でも、火炎の周辺に潜むまがまがしい何者かの存在を感じさせられます。唯一、火のもつ幻想性を、暴力以上に美しさに振り向けた「花火師」はメルヘンチックな作品で、達人と呼ぶべき技術をもつ花火職人の情熱的な一生を描いており、これはロマンスのアンソロジーに入れてもよい一編です。

火への恐怖と畏怖と陶酔をふんだんに詰め込み、人間の根源的な感覚に訴える、まさしく『火の書』という題名にふさわしい、荒々しくも誌的な一冊です。冬の寒さも忘れるような本ですが、火事の多い季節ですので、皆様どうぞ火の用心をなさってください。

(CM)私が担当した作品2冊、白骨死体となった美少女探偵が謎を解く『たとえあなたが骨になっても』、自殺志願者をあの世へ送るデートクラブを描く『この世で最後のデートをきみと』をどうぞよろしくお願いします。そして第4回ジャンプホラー小説大賞へのご応募もお待ちしております。

2017年9月30日土曜日

命がけの夜物語、現代アラビアンナイト――仁木英之『千夜と一夜の物語』

今晩は、ミニキャッパー周平です。アニメ『十二大戦』の放送が間近に迫っており(10/3開始です。乞うご期待!)、担当編集として各話のアフレコに足を運ぶ日々です。やはり声優さんの演技を間近で見ると、フィクションを「本物」に変える、魔力とも呼ぶべき声のパワーを感じざるを得ません。古代だったらこういう声を持つ人たちが神職についたのではないでしょうか。

実は、今回ご紹介する小説の主人公も、もとは声優の卵であり、その「声」がもつ力がストーリーにも深くかかわってくるのです。本日の一冊は、仁木英之『千夜(ちよ)と一夜(ひとよ)の物語』。



かつて声優を目指していた女性・折口千夜は、その夢を諦め、姉・一夜の勤め先である製薬会社で働き始めた。幼いころに父が蒸発し、母が急死した千夜にとって、一夜はただ一人の家族であり、最も頼りになる、親も同然の存在だった。会社の歓迎会の日も、セクハラ上司に絡まれる千夜を、一夜は助けてくれた。
しかし、そんな歓迎会の帰りに千夜は何者かの手で拉致される。その犯人は「魔王」と名乗り、「殺されたくなければ面白い物語を語れ」、と千夜に命じる。「魔王」の背後には、殺されたらしき女性たちの遺体が積まれていた。生き伸びるため、千夜はこれまでに触れてきた作品や、姉から聞いたおとぎ話、自身の記憶をかき集め、必死に物語を紡ぎだそうとする。

と、タイトルとあらすじを示せばお分かりかと思いますが、この物語は『千夜一夜物語』=アラビアン・ナイトの形式を借りています。原典は、古代のアラブを舞台に、夜ごと、寝床をともにした女性を殺害していた国王が、ある女の語る物語があまりに面白いので彼女を生かし、毎晩毎晩それを聞いてしまう――というもの。この枠物語をまるごと現代日本にもってきたのが本作品というわけです。

原典通り千夜は毎日「魔王」に物語を聞かせるように命令されるばかりでなく(断れば死)、さらに、誰かに秘密をもらせばその相手も殺す、と脅されます。 「魔王」は何者で、何のために千夜に物語をさせるのか? 千夜は、生きて物語を語り終えることができるのか? そして、姉や周囲の人々を守り抜くことができるのか? そんな「外側」のお話も気になりますが、千夜が「魔王」に語る、「内側」のお話も何やらただごとではないようで。

生き延びるために千夜が作り出したはずの物語は、はじめは「一人の少女が隣家の飼い犬と一緒に遊ぶため、魔法使いである父親に力を借りる」という他愛ない内容のファンタジーだったにもかかわらず、次第に、殺人者や魔女や奇怪な実験を行う者の登場で、面妖で背徳的な色合いを帯び始め、なぜか千夜たち姉妹の過去にも繋がりはじめる。「語り」が虚構と現実の境界を溶かして暴走していくダークファンタジーであり、現代に魔性の存在を生み出す過程と、蠢く悪意がおぞましいモダンホラーでもある一冊です。

(CM)第2回ジャンプホラー小説大賞から刊行された2冊、白骨死体となった美少女探偵が謎を解く『たとえあなたが骨になっても』、食材として育てられた少女との恋を描く『舌の上の君』をどうぞよろしくお願いします。そして第4回ジャンプホラー小説大賞へのご応募もお待ちしております。

2017年9月23日土曜日

ホラー作家&編集者コンビの幽霊取材――木犀あこ『奇奇奇譚編集部』

今晩は、ミニキャッパー周平です。ホラー作品の編集を担当したりブログで毎週ホラー小説を毎週紹介したりしている私ですが、あいにくというか幸運にもというか、現実で霊的体験をしたことはありません。広い世の中にはそういう体験をしながらホラー小説の編集をしている人もいるのでしょうか? というわけで、今回ご紹介しますのは、「ホラー小説家とその担当編集者」というコンビが主人公の、木犀あこ『奇奇奇譚編集部』です。



熊野惣介(ゆや・そうすけ)は19歳の時に「怪異小説大賞」を受賞してデビューしたホラー作家だが、とある事情から、デビュー作のあと7年も新刊を世に出せていない。彼は目下、怪奇小説雑誌『奇奇奇譚』に短編を発表しつつ、二冊目の出版に向けて執筆を続けている。担当編集者である、『奇奇奇譚』編集部の善知鳥悍(うとう・かん)とともに心霊スポットへ取材に出向き、ネタを仕入れる日々を送りながら。そう、熊野の書くホラー小説は、霊に纏わる能力をもった二人が「実際に遭遇した」本物の霊現象を元にしたものなのだ――

「霊を見ることはできるが、それに対抗する力を持たず、臆病である」ホラー作家・熊野と、「霊を見ることはできないが、それに対抗する力を持っていて、霊を恐れない」ホラー編集者・善知鳥の、凸凹なコンビネーションが秀逸です。怪奇現象に対して全力でビビり、近づこうとしない熊野と、新作を書かせるため、熊野を怪奇現象のど真ん中まで引きずって行こうとする善知鳥の姿を見ていると、つい熊野に応援の言葉をかけてあげたくなります。熊野が取材なしで作品を書くと、他誌のホラー賞に応募しても落選してしまうくらいの実力なのですが(その時の応募作品は「出先でたくさん甘海老を食べた男が、そのあともずっと甘海老の味に付きまとわれる」という異色の味覚ホラー「さもなくば胃は甘海老でいっぱいに」だとか)、熊野が実際に自分で見た霊を小説化すると、そこに驚きや他には無い凄味が宿り、恐怖をもたらす傑作になる。善知鳥はその才能に惚れ込んでいるからこそ、熊野に毒舌を向けつつ死地へ放り込むのです。そんな二人の関係性のおいしさは、ぜひ女性読者に強くお勧めしたいです。

さて、第一話となる「幽霊のコンテクスト」では、彼ら二人が、走行中の車のフロントガラスに取りつく怪異「びったんびったん」をはじめ様々な怪異に遭遇、最近発生している幾つかの怪異・怪談に奇妙な共通点を見出したことで、その根源を探り出そうとします(もちろん、それを元ネタに新作を書くために)。やがて明かされる原因というのが、実は彼らの身近にあったのですが――ネタバレになるので詳細は避けますが、ホラーのみならず、小説や漫画などを作ろうとしている作家・クリエイター、またはそのサポートをする人間であれば、五割増しで琴線に触れるであろう真相になっています。

巻末には、熊野と善知鳥の出会いを描いた過去エピソード「逆さ霊の怪」も収録しています。まだ生まれたばかりの物語ですが、究極のホラー小説を作り出すという目標に向けて突き進む二人の物語が、ぜひ今後も二冊三冊と読めるように、編集者の一人として期待しています。

(CM)第2回ジャンプホラー小説大賞から刊行された2冊、白骨死体となった美少女探偵が謎を解く『たとえあなたが骨になっても』、食材として育てられた少女との恋を描く『舌の上の君』をどうぞよろしくお願いします。そして第4回ジャンプホラー小説大賞へのご応募もお待ちしております。

2017年9月16日土曜日

死者の魂を導く輪廻の案内人――小杉英了『先導者』

昨日、会社のエレベーターに乗ってたら、ギギギギ、という異音が響きました。瞬間的に死を覚悟しましたが、幸いなことにエレベーターはぶじ目的階に到着、ことなきを得ました。そして今日もエレベーターは異音を発しながら動いています。早く修理してください。

というわけで私たちは日常、思いがけない死と隣り合わせで生きているのですが、突然死んでしまった場合何の準備もできていないわけで、誰かに案内してもらわないと困ってしまうかもしれません。そこで本日ご紹介しますのは、小杉英了『先導者』です。



主人公の「わたし」(女性)は幼いころから十年にわたって研修で教育や訓練を受け、「先導者」となるために育てられた。落伍者も少なくないその教育を乗り越え、十五歳になってようやく「先導者」となった「わたし」の初めての任務は、川で水死した十歳の少女の魂を導くことだった――

先導者って何? という疑問がまず浮かぶと思いますが、ざっくり説明しますと、契約者の死に際してその魂を導き、次の転生において有利になるような場所へ連れていく、という職掌です。

当然、生きたままでは死者の魂を案内することはできませんから、先導者は幽体離脱のような形で自身の魂を体から人工的に抜け出させることになります。主人公の「わたし」は、窒息し心肺停止状態になりながら激痛に耐えて意識を保ち続ける、という拷問みたいに痛々しい方法で幽体離脱するのですが、先導者となる訓練を重ねた主人公は、心を乱すことなくそれを受け入れ、魂となって任務に赴きます。それでも先導者の身体にかかる負担は甚大で、そのまま死亡してしまう場合もあり、そうでなくてもこの世とあの世の往還は生命力を削ってしまうため、先導者の寿命はとても短いのです。

自身の命や身体を削りながら死者を導く存在、という先導者の設定のみならず、死者の水晶体の中に残る紋様、死者の血でできた輝く網、先導者の背中に生える光の翅、などといった繊細で美しい要素が、物語に神秘的な色彩を与えています。感情を露わにすることなく、自身の使命を受け入れて淡々とそれをこなしていく主人公の姿もあって、中盤までは、架空の宗教体系における死生観の解説書、といった感触もあります。

しかし後半では、先導者システムの実態が明らかになり、ガラス細工のような世界が音を立てて崩れ始め、冷静で中性的・ニュートラルな記述者であった「わたし」も動揺し、また異性に心を揺さぶられるという事態にもなります。あたかも氷点下で進んでいた物語が徐々に赤熱し、発火するような変転です。死という安寧の場所から生という荒野に魂を引きずり出された時、主人公は「先導者」であることと「十代の少女」であることのどちらを選ぶのか……死と生の対照を、抑制のきいた文体で鮮やかに描き出す作品です。

(CM)第2回ジャンプホラー小説大賞から刊行された2冊、白骨死体となった美少女探偵が謎を解く『たとえあなたが骨になっても』、食材として育てられた少女との恋を描く『舌の上の君』をどうぞよろしくお願いします。そして第4回ジャンプホラー小説大賞へのご応募もお待ちしております。

2017年9月9日土曜日

一文という短さの中に閉じ込められた恐怖の一滴――吉田悠軌『一行怪談』

彼が目を覚ました時、まだ恐竜はそこにいた。

というのが、アルゼンチンの作家、アウグスト・モンテローソの短編小説「恐竜」の全文。「世界一短い小説」として有名で、原文ではわずかに単語7つ分という短さながら、「彼」がどういう状況に置かれているのか、深い想像の余地がある物語として高く評価されています。もっとも、世界にはタイトルが一文字で本文が一文字の小説とか、タイトルだけで本文が無い小説とかが存在しているので、これが「世界一短い小説」かどうかは疑わしいのですが。

それでは、ホラー読者が気になるであろう「世界一短いホラー小説」とは? 有名なのは、フレドリック・ブラウンの短編小説「ノック」の中でも紹介された、二文からなる以下の無題の小説。

地球にのこされた最後の人間が一人で部屋の中に坐っていた。と、ドアにノックの音がして……

解説を加えるのも野暮というものですが、地球最後の人間の部屋にノックをしたのは「誰か」という点に、この物語を怪談たらしめるものがあるわけですね。短いからこそ説明がなされず、想像力をくすぐって瞬間的な恐怖を胸によぎらせる、という技法です。

前置きが長くなりましたが、今回ご紹介する本は、これらと同じくらい短いホラーを200篇近くも収録した、吉田悠軌『一行怪談』です。


もともとは同人誌として発表された『一行怪談』『一行怪談2』を一冊にまとめたもの。「題名は入らない」「文章に句点はひとつ」「詩ではなく物語である」「物語の中でも怪談に近い」以上を踏まえた一続きの文章、というコンセプトで書かれたものを収めています――とはいえ、百聞は一見にしかず。収録されている作品を、まず3作ほど載せてみます。

今すぐ家から出なさい、と電話の向こうから叫ぶ母の声を聞きながら、すぐ横でテレビに笑う母を見つめている。

ある朝を境にずっと、教室の隅のカーテンが人の形に膨らんでいて、もう一ケ月、誰も開けられないでいる。

実家の薄暗い廊下の向こう、奇妙な高さから首だけ覗かせた両親が「おかえりなさい」と笑いかけてくるのだが、こちらが何と言おうと玄関口まで来てくれない。

「自宅」「学校」「実家」……身近な場所に忍び込む、正体不明の何者か、あるいは何か。短いセンテンスでも一瞬ぞくりとさせられます。また、ご覧いただければ分かるように、物語性もありつつ、短い言葉で印象的な光景を描くという意味で、短歌や俳句のような風流めいた趣もあります。

もう少し長い作品だと、更にサスペンスや幻想性の色濃く、よりショートストーリー的なものも増えてきます。以下に私の好きな2編を。

誕生日のたび、鉈(なた)と花束を持った女が現れ、窓の外から祝いの言葉を叫ぶのだが、花の数は毎年一本ずつ減っていて、今年はついに鉈だけを手にした女が来ることになる。

ある夏の夜、屍臭を発する巨大花を見ようと植物園に忍び込んだ少年四人組のうち、三人は大人になるまでにその冒険をすっかり忘れてしまい、一人は今も花弁に包まれ、誰かが自分を思い出してくれるのを待ち続けている。

この後起こりうる出来事を想像させる、心にわだかまりを残すなど、強い「余韻」をもたらす、という意味で一行怪談という手法が優れているというのがお分かりかと思います。一作品読むたびにページを閉じて恐怖の余韻を味わいたい。こういった作品が、一ページにつき一作おさめられていて、最後のページまで油断の抜けない一冊となっています。


夜枕元において読むのに最適ですが、すぐ読み切ってしまうので、ぜひ続編、続々編と刊行していってもらいたい企画です。また、優れた句集や歌集がそうであるように、「自分も書いてみたい」とも思わされるものです。もしかしたら、この本をきっかけに、一行怪談というジャンルが広まっていくかもしれません。

2017年9月2日土曜日

吸血鬼小説怒涛の18編。ヴァンパイアホラーの新たな記念碑、井上雅彦『夜会――吸血鬼作品集』

ウピル、ウプリル、オピル、ウポル、ウポウル、ランピール、ワムピル、ヴァピール、ヴァムピール、ヴゴドラク、ムッロ……ずらずら書き並べてみたこれが何かと申しますと、ヨーロッパの様々な地域におけるヴァンパイア、すなわち吸血鬼の異称です。モロイイ、ムロニ、ズメウ、プリコリチ、ヴァルコラキ、ノスフェラトゥ、ストリゴイイ……と書き連ねてみたこちらは、ヴァンパイア大国・ルーマニアにおける、吸血鬼やそれに連なる魔性の者の別称です。ルーマニア、吸血鬼密度が高すぎませんか。

私たちが漠然とその姿や性質をひとつにイメージしている「吸血鬼」も、土地によってあるいは伝承によってその実像は様々に異なり、人間に与えてきた恐怖のカタチもまた異なるのです。そんなディープな吸血鬼の世界に浸りたいあなたに、とっておきの一冊が井上雅彦『夜会――吸血鬼作品集』です。



掌編、短編合わせて18本を収録していますが、その全てが広義の吸血鬼――人間の生き血を啜る者、不死者、夜の住人を扱ったものになっている、という、吸血鬼ファンにはまさに垂涎の一冊。冒頭に挙げた吸血鬼の名称群も、実はこの本の冒頭に収録された短編「闖入者」で紹介されているのです。「闖入者」の中では、「誘われていないパーティーに紛れ込む」ことを趣味とする語り手が、とあるパーティーに忍び込んだところ、奇妙な参加者たちが吸血鬼談議に花を咲かせている……という導入で、吸血鬼についての知見を得ながら恐怖体験ができます。

本書に収められた作品はいずれも著者の吸血鬼に対する知識に裏打ちされており、短編「ノスフェラトゥ」では、東欧からの帰国時に検疫で引っかかり、待機している男たちの会話の中で不穏が膨れ上がっていく作品ですが、ヨーロッパの怪異と日本の妖の間に近縁性を見出したりしながら、ルーマニアにおける吸血鬼の一種ノスフェラトゥの本質を暴いていくなど、知的好奇心をもくすぐられる内容です。
作者の博学は洋の東西を問わず、たとえば短編「蒼の外套」では、昭和十年代に京都で実際に噂されていたという、黒外套姿の血を吸う怪人についての謎が描かれ、時空を超えた怪異が、妖しく華麗な文体で描かれます。
妖花の栽培(「凍り付く温室」)、吸血鬼映画の撮影(「海の蝙蝠」)、我が子に血を注ぐ幻の鳥(「噴水」)など、様々な題材で変奏される『憑かれた者たち』の描写の凄みも、それぞれのモチーフに対する深い理解と洞察によって、更に鮮烈なものになっています。

個人的には、この本で得た知識の中でもっとも人に話したくなったのは、「黒猫が目の前を横切ると不吉の前触れ」というジンクスの源流が、古代ギリシャにまで遡れるものだというものでした(このことが説明されているのは、猫のもつ魔力をテーマにした、掌編「横切る」ですが、僅かなページに驚きと後引く怖さを含む、魔術的に鮮やかな作品です)。もう一つ、掌編「太陽の血」で描かれる、月や太陽を食べてしまう吸血鬼という異様なスケールの存在にも驚かされました。

そしてもちろん、伝承や知識に着想を得た作品ばかりでなく、全く新しい闇を描くことにも作者の想像力は存分にふるわれ、アンドロイドの身体を酒瓶代わりにし、切り裂いた喉からあふれ出す美酒を味わう近未来のバーであったり(「ブルー・レディ」)、特殊な方法で人間を捕食する者がつくりだす、フルーティな地獄絵図であったり(「デザート公」)と、誰も知らない・誰も見たことのない幻妖を楽しめます。

吸血鬼にはつきものである、「不死」のもつ意味も作品によって変幻自在で、死に憧れて今わの際を演じようとする不死者はユーモラスに描かれ(「碧い夜が明けるまで」)、不死者の接吻を腕に受けた音楽家は、片腕で呪わしく美しい旋律を紡ぎ出します(「蜜蠟リサイタル」)。巻末に置かれた「時を超えるもの」は、棺の中に生き続ける男と、物置部屋でその棺を見つけた少年の、心の交流を描く短編。棺の中の男は、少年が棺を開くたびに語らいの時をもつが、やがて歳月が過ぎ、少年が成長していったとき……不死者の物語であると同時に鎮魂の物語でもあり、「現実」に抗う「フィクション」の力をも祝福する忘れがたい傑作です。

幻想的な吸血鬼短編・掌編を味わいたい方はもちろん、吸血鬼についてもっと知りたい人やこれからヴァンパイア小説を書こうという方にもぜひ一度読んでほしい、読めばもっと吸血鬼が好きになれる、吸血鬼本のニュー・スタンダードな一冊でした。

(CM)第2回ジャンプホラー小説大賞から刊行された2冊、白骨死体となった美少女探偵が謎を解く『たとえあなたが骨になっても』、食材として育てられた少女との恋を描く『舌の上の君』をどうぞよろしくお願いします。そして第4回ジャンプホラー小説大賞へのご応募もお待ちしております。