2019年7月20日土曜日

ポップでキュートな、少女たちの日常の残酷……藤野千夜『少女怪談』


今晩は、ミニキャッパー周平です。絶賛発売中の第4回ジャンプホラー小説大賞金賞受賞作『マーチング・ウィズ・ゾンビーズ 僕たちの腐りきった青春に』、素敵なPOPを八戸市の木村書店さんが作って下さりました。ありがとうございます!

さて、先日Jブックス編集部が会社ビル内で引っ越しをしまして、その際に誰かが編集部本棚から発掘した本を、タイトル的に渡辺の蔵書だろうと渡辺のデスクに置いていきました。実際には私の持ち物ではなく、これまで知らなかった本なのですが、あまりにも装丁が魅力的だったため、取り上げさせて頂きました。

という訳で、本日ご紹介する一冊は、藤野千夜『少女怪談』。



まずは実物をご覧ください。ポップなピンク色の書体で書かれた題字。オビに描かれたのは、キュートな子犬を連れたキュートな女の子、そして惹句は『とてつもなく愛らしくけっこう残酷。女の子四人のこわくない「怪談」』。収録作は4編なのですが、うち2本の初出が《文學界》、残り2本の初出が児童文学誌《飛ぶ教室》。この時点で全く中身の予測がつきません。

1編目「ペティの行方」の主人公は、中学3年生の少女・みどり。みどりは、ふとした悪戯心で、コンビニ前に停められた自転車のカゴから犬を連れだして、勝手に“散歩”させようとする。つまりは犬の誘拐で、本書のオビに描かれている犬と少女のツーショットは、実は誘拐シーンだったのです。後で返せばいいと軽く考えていたみどりは、知人と遭遇したことで、犬を返せなくなって……。
2編目「青いスクーター」には超常要素、生霊が登場します。高校2年生の本多浩一は、屋内屋外問わず日常のあらゆる場所に、ある少女の“顔”を見るようになった。それは中学時代の同級生であり、退学した桜井由美の顔だった。中学時代、浩一は由美相手にトラブルを起こしたことがあった。
これら1、2編目はともに、主人公自身が、人間関係のもやもやを抱える等身大の子どもとして描かれますが、子どもらしい無邪気な残酷さや、無意識の傲慢さによって積み上げてきた行為ゆえに報いを受けることになり、それがぞっとさせる部分になっています。

3編目「アキちゃんの傘」は、中学一年生の少女・ノエと、22歳の従妹・アキの関係についての物語。家になかなか帰ってこない父、家事を放棄し家を散らかり放題にする母、わがままで粗暴な弟など、緩やかに壊れつつある家族の姿が主人公の目線を通してひどく明るくライトに描かれますが、そこに強がり、意地らしさを感じさせます。終盤で、家の中の何気ない、しかし壊れた光景がひとつひとつ描写されていく場面は、本書で一番心をざらつかせた部分でした。

4編目「ミミカの不満」は、小学4年生の少女・ミミカの物語。母親に愛され続けてきた彼女は、母が再婚を考え始めてから、自分への愛情が薄くなったと感じていて、放課後も家に帰りたくなくなっている。そんな折、偶然知り合った少年と廃屋の探検に出かけたが……。児童文学らしいすべてを説明しきらない不条理な怖さが、母子の物語の間に一瞬忍び込む作品です。

全4編とも、子どもならではの限られた視線・バイアスのかかった視界を通じて軽やかに語られるため、するすると呑み込めす一方で、心をちくりと刺す。そんなポップな一冊です。

2019年7月13日土曜日

幼なじみが九尾の狐に憑かれた男の悲恋。岡本綺堂『玉藻の前』


こんばんは、ミニキャッパー周平です。なんと、第4回ジャンプホラー小説大賞を『マーチング・ウィズ・ゾンビーズ』で受賞した折輝真透さんが、第9回アガサ・クリスティー賞を受賞しました! 折輝さんの作品を読みたい方のために、noteでの『マーチング・ウィズ・ゾンビーズ』無料連載を18日よりはじめますのでこうご期待!

さて、本日ご紹介する一冊は、岡本綺堂『玉藻の前』。



九尾の狐と言えば、日本の妖怪伝承の中でも最強にして最重要とも言えるモンスター。天竺(インド)と中国で権力者の寵姫として悪逆非道の限りを尽くし、平安朝日本に現れて、玉藻の前と名乗り、帝に取り入ろうとするも陰陽師によって正体を暴かれ、討ち滅ぼされたと言い伝えられています。本作品は、日本怪談文芸の巨匠・岡本綺堂が、そんな九尾の狐伝説を、流麗たる文章で描き切った一本です。

一四歳の少女・藻(みくず)と一五歳の少年・千枝松(ちえまつ)は互いに惹かれ合い、将来は二人で烏帽子(えぼす)を売って暮らそうと誓い合う仲だった。だがある日、藻が清水寺に参詣に出かけたきり行方知れずになる。やがて、狐が棲むという盛で倒れているのが見つかった藻は、意識を取り戻したものの何かに憑かれたかのように人が変わってしまった。藻はやがて貴族・藤原忠道(ふじわらのただみち)の屋敷に召し抱えられ、玉藻の前と名乗るようになる。
一方の千枝松は、想い人と別れることになった失意のうちに入水自殺しようとする。その現場をたまたま見つけて命を救ったのが、誰あろう、安倍清明の子孫である陰陽師・安倍泰親(あべのやすちか)だった。泰親は、千枝松を自分の弟子に取り立てる――。

という訳で、本作品は、「幼馴染が九尾の狐に憑かれてしまった主人公が、陰陽師の弟子になる」という、現代ライトノベルにしても非常に魅力的になるであろう関係性を軸にすることで、九尾の狐伝承を、悲劇として語りなおしているのです。

悲劇と言っても、九尾の狐の恐ろしさは十二分に描かれます。華やかな宴の場で甘言を弄して貴族の心に取り入り、対立する貴族同士を虚言によって潰し合わせ、文人を堕落させ、高僧を骨抜きにし、敵対者を陥れ、絶対の権力を手に入れるべく殿上人のところへ辿り着こうとする。彼女の行くところ、次々に不審な死が起きます。

泰親の弟子となった千枝松は、玉藻の前を退治しようとする師のために尽力するものの、幼なじみの情を突かれ、玉藻の前と泰親のどちらの味方につくべきか悩まされることになります。貴族の男たちにどんどん取り入っているくせに、昔の思い出を涙ながらに語って千枝松をも篭絡しようとする玉藻の前の姿がなかなかに邪悪。もちろん読者は、九尾の狐がどんな結末を迎えるかは知っているのですが、千枝松が最後にどんな決断を下すのかまでは知りません。最終盤で玉藻の前と千枝松が交わすセリフの応酬はどれも胸に刺さります。幼なじみを狐に奪われた男が迎える、悲恋の結末をぜひ見届けて下さい。


2019年7月6日土曜日

悪魔的料理人の提供する、未知の料理体験とは……? 木犀あこ『美食亭グストーの特別料理』


こんばんは、ミニキャッパー周平です。第5回ジャンプホラー小説大賞は6月末に締め切りました。今回も数多くの原稿をお寄せいただきありがとうございます。審査を始めておりますので、10月下旬の発表を楽しみにお待ちください。ホラー賞募集期間中以外は、「ミニキャッパー周平の百物語」は週一ではなく思いついた時に更新します。読者の方も思いついた時に覗いて頂ければ幸いです。

さて、本日の一冊は、木犀あこ『美食亭グストーの特別料理』。



テーブル上に美味しそうな料理が並んだ表紙で、帯には『悪魔的料理人とあらゆる食を愛する大学生による究極の飯テロ小説! あなたの空腹(よくぼう)満たします。』と書かれており、一見したところグルメ小説にしか見えないのですが、この本、ホラーレーベルである角川ホラー文庫から出ています。その中身とは……?

歌舞伎町の某所に存在し、店の扉のプレートには、《満ち足りた方はご遠慮ください。飢えている方は、ご遠慮なく》との謎めいた文言が掲げられている料理店、美食亭グストー。グルメブログを運営する大学生・一条刀馬はそこに入店し、偶然からその地下階に存在する怪食亭グストーに辿り着く。

珍しい食べものと未知の陶酔を提供するというその店で、刀馬は、“絶望のパスタ”と名付けられたとある恐るべき料理を食べさせられ、大量の借金を背負わされたあげくそこで働く羽目になった。グストーの店長兼料理長である荒神羊一は、客の望みを聞き、希望通りの食卓を用意するのがポリシーだが、幸せな食卓というものを信じないと嘯く。

実際、グストーに訪れる客たちも、料理を提供されたときには、自らの抱える過去や秘密が暴露され、(色々な意味で)一生忘れられない体験をさせられることになる。娘と妻に復讐の“サプライズ”パーティーを仕掛けられた男。歴史の影に消えた“天牛の腐肉”と呼ばれる謎の肉に救いを求める美食家。究極のまずいものを探そうとするサークル『水曜まずいもの倶楽部』の主宰者。幼いころ食べた、何を餌に育ったか分からないすっぽんの味に取りつかれた女性。最後のすっぽんの話は、イメージ元となったと思しき “あの”ウミガメのスープ問題をしょっぱなから掲示しており、それゆえにこそ緊張感がありつつ意外な展開が待ち構えています。やがて、客の話ばかりでなく、この異常極まる店の主である羊一の過去も明かされていき……。という訳で、角川ホラー文庫からの刊行にも納得の異色グルメ小説です。

さて、作者の木犀あこさんは、Jブックスからも、昨年Huluで配信された人気ドラマ『ミス・シャーロック』のノベライズを刊行しています。電子書籍版もありますので、こちらも宜しければご一読ください。

2019年6月29日土曜日

千変万化の技巧を凝らした15の幻想と異形――津原泰水『綺譚集』



こんばんは、ミニキャッパー周平です。第5回ジャンプホラー小説大賞〆切は6月30日末日。応募フォームの入力にも時間がかかるので、ギリギリにならないよう、応募者の方はお気を付けください! そして、第4回ジャンプホラー小説大賞《金賞》『マーチング・ウィズ・ゾンビーズ 僕たちの腐りきった青春に』絶賛発売中です!

さて、本日ご紹介するのは、津原泰水『綺譚集』。2008年の本ですが、つい先日再版がかかったので手に入りやすくなっているかと思います。収録作は15編。幻想奇想怪奇残酷恋情、簡単にはジャンル分けしにくい掌編・短編群が、作品ごとに異なる凝りに凝った語りで並んでいる、恐るべき一冊です。そのうち、ホラーカテゴリに分類しやすい作品をご紹介します。




まず、ホラーアンソロジー『異形コレクション』初出の作品から。
「脛骨」は『異形コレクション 屍者の行進』初出。交通事故で片足を失った女性の見舞いに行った男が、事故現場に残されたままだという彼女の足を見つけたくなって……という導入。モチーフのグロテスクさと、ラブストーリーのような抒情性が不思議な調和をもたらします。
「聖戦の記録」は『異形コレクション 侵略!』初出。公園で兎を放し飼いにする老人たちと、ペットの犬を公園で散歩させる主人公との対立が、徐々にエスカレートし、やがて地獄絵図に至る作品です。つまりはご近所トラブルなのですが、読点を一切使用しない畳みかけるような文章と、変な固有名詞(登場人物やペットの姓名がすべて実在芸能人と同じ)によって、マッドな世界が形成されています。
「約束」は『異形コレクション ラヴ・フリーク』初出。偶然から観覧車に同乗することになった少年と少女の悲恋についての物語を、最小限の文章で鮮やかに語り、しかいきなり読者を空中に放り出すような謎めいた記述で物語をひっくり返す(巻末解説で初めて知りましたが、パリノウドと呼ばれる手法らしいです)。本書中最も、自分の記憶に刻まれた作品です。
「安珠の水」は『異形コレクション 水妖』初出。水の中で生まれた、水に沈む奇妙な性質をもつ子供を抱え、海辺を転々として生きる女性の物語。読点が極端に多く倒置法を駆使した文体は、普通ではありえないような言葉の連なりを生み出して、未知の読書体験を与えてくれます。
『ホラーウェイブ』という雑誌が初出の作品「夜のジャミラ」は、小学校でいじめに遭って自殺し、霊となって学校内を彷徨っていた少年の語り。無邪気なセリフ回しから垣間見える残酷さや、学校内での悲劇を吸収し膨れ上がっていく異形の姿に、本書の中で最もストレートなホラー性を感じさせる作品と言えます。
ホラーアンソロジー『悪夢が嗤う瞬間』初出の「アクアポリス」。建設中の海洋博のパビリオンを見学に行った子供たちのうち一人が事故死してしまい……方言を駆使したセリフからノスタルジーがかきたてられる、幻想と現実の間をシームレスに行き来する作品です。
朗読会のために書き下ろされた作品である「古傷と太陽」もホラー度が高め。傷口の中に青空が覗く、という謎の男の過去が明かされるうちに、思いもよらぬ残酷な光景が読者の前に現出します。
これらの作品の他にも、絵画の中の庭を再現しようとする男たちが妄執に囚われていく「ドービニィの庭で」、私小説風に始まりながら突如転調し、語り手が死体の隠蔽と損壊に手を貸す「天使解体」、浅い考えで祖父を殺そうとする少女の弟が体験する惨劇「サイレン」など、こちらをぞくりとさせる作品には事欠きません。
一編一編新しい手法を試しているような印象さえ受ける、技巧に満ち満ちた作品集でもありますので、作家志望者にとっても学ぶところの多い一冊と言えるでしょう。

2019年6月22日土曜日

読み終わった貴方も気づいていない⁉ 最後の伏線開示が物語後に待つ劇的ミステリー×ホラー。澤村伊智『予言の島』




こんばんは、ミニキャッパー周平です。第5回ジャンプホラー小説大賞〆切は間もなく、6月30日。ぜひラストスパートを。第4回ジャンプホラー小説大賞《金賞》『マーチング・ウィズ・ゾンビーズ 僕たちの腐りきった青春に』も絶賛発売中です! noteに試し読みも掲載中ですよ!

さて、いきなりですが、本日ご紹介する一冊は、澤村伊智『予言の島』。



人気作家の作品ですし、あちこちで既にレビューが上がっています。既に買って読んだ方も多いでしょう。そこで今回は、いつもとテイストを変えて。「私は気づいたけど気づいていない人が多いっぽいから触れ回りたい!」というミーハーな気持ちでご紹介を。

天宮淳の古い友人である宗作は、東京の会社でパワハラに遭って自殺未遂を起こし、故郷に戻ってきた。同じく古くからの友人である春夫は、彼らを気晴らしの旅行に誘う。淳・宗作・春夫たちが向かったのは瀬戸内海の小島・霧久井島。90年代半ばに霊能力者・宇津木幽子が訪れ、祟りによって死んでしまったといういわくつきの島であった。更に、幽子は亡くなる前に、二〇年後の八月二十五日から二十六日の未明にかけて、島で六人が死ぬという予言を残していた。淳たちは、興味本位から、死の予言の日が迫る中で島に上陸しようとしていたのだ。やがて、島の民宿に泊まったメンバーの中から予言通りに死者が出始めるが、不気味な守り神の像を信仰する島の人々は、よそ者を拒絶し、むしろよそ者の死を望むような発言さえ始める……。

横溝正史テイストを漂わせ、オカルトブーム時代のモチーフを散りばめつつ、怪奇現象や超能力に対して推理によって謎を解こうとする。ミステリの論理にすべてが回収されるのか、ホラーの超常にすべてが飲み込まれてしまうのか、そんなせめぎあいのうちに明かされていく、怨霊の恐るべき起源と、物語全体に充満する狂気の正体に二度驚かされる作品です。

しかし、です。私が本書を読んで最も震えたのは、上記2つの驚きに襲われた瞬間ではありません。

物語のあとに、巻末に参考文献や引用資料を示した2ページがあるのですが、その中のある部分を見て、私はもう一度強い衝撃を受けました。その記述を見た瞬間に、『予言の島』という本のものすごく目立つ箇所に、物語の大仕掛けを暗示……というか、ほぼ回答を示すに近い伏線が置いてあったことに気づいて、愕然としたのです。

恐らく、作者としては「わかる人にだけ意味を分かってもらえればいい」と仕込んだネタだったのでしょう。私が分かったのは、「と学会」の本などで、オカルト・疑似科学ネタに親しんでいたからです。“それ”の意味が分かるのはたぶん日本中で数千人、多くて数万人くらいであり、『予言の島』読者の中でもきっと高い比率ではないと思います。編集部周りの読了者3名に聞きましたが誰も気づいていませんでした。

既に『予言の島』を読み終わっていて、この伏線に気づいていらっしゃない方は、319ページの印の一行目に書いてある文言”××××ד(五文字伏せます)をググってみて下さい。恐らく1番上にWikipediaの記事が出てきます。たぶん何番目かにニコニコ大百科の記事も出てきます。その辺りを読めばたちどころに、澤村伊智が大胆に配置した、初見時99.9%以上の確率で見破れないであろうこの伏線が、いかにこの物語そのものを的確に表しているか――大仕掛けや、オカルトを信じる/信じないことによって見える世界が変わるか――についても理解できると思います。この物語のためにここにこれを置いた、そのことが、私にとって何より凄味を感じさせました。もちろん、未読の方は読み終わった後にググッてみて下さいね。