2016年6月25日土曜日

〆切直前特別号

 今晩は、ミニキャッパー周平です。
 第2回ジャンプホラー小説大賞〆切は30日(木)。ということで、毎週金曜26時公開のこのブログは、ひとまず〆切前ラスト更新となります。この機会にいったいどんな作品を取り上げるべきか? 私が一番好きな雪女ジャンルか。イギリスが凄いことになっているので英国ホラーか。悩み抜いた一週間でした。

 しかし、自分が重大なポカをやらかしていることに、土壇場で気づきました。
 第1回ジャンプホラー小説大賞の受賞作を、紹介し忘れていたのです!
 そう、最後の最後で、まさかのCM回です。

 まずは第1回ジャンプホラー小説大賞の銀賞受賞作、市方谷武志『少女断罪』。こちらは書籍のほか電子書籍でも発売されています。



 その小学校は、子どもたちにとって脱出不能の監獄だった。
暴力や金銭の要求を含むいじめが横行しており、それを解決しようとした教師は、モンスターペアレントの工作によって職を追われた。いじめの元凶に抵抗した、正義感の強い少年は、高校生まで動員したリンチによって、長期入院の身となった。
 そんな「監獄」において、五年一組の教師である坂本一朗は、『子供の世界にかかわるな』をモットーに、自身の目の前で行われるいじめにも見てみぬふりをしながら、偽りの平穏を過ごしていた。
 しかし、虐待を受けたような傷や痣をもつ「白石美星」が一組に転入してきたことをきっかけに、クラスの秩序は壊れていく。そして坂本自身も、かつて彼が犯した「罪」と向き合うことになる――

 応募作の中でも、中学や高校を舞台に、人間関係のトラブルやいじめを題材にした作品は数多く見られましたが、小学校を舞台にして、「教師」を語り手にしたことが、この小説に強いオリジナリティを与えています。生徒たちを俯瞰できる立場にありながら、無力である坂本の視界に映る「子供の世界」は、痛ましく残酷です。臆病であるがためにその悲惨を見過ごし、罪悪感を押し殺そうとする彼の心象描写に、読者は、苛立ちと共感の両方を覚えることでしょう。

 そして、そんな坂本と対極ともいえるのが、みすぼらしい身なりをしていながら、獰猛な光を目に宿し、己の意思に従うまま行動して、強烈な存在感を放つ「白石美星」。この二人の出会いから思いがけないドラマがもたらされ、エモーショナルなクライマックスへと向かいます。

 もう一作。第1回ジャンプホラー小説大賞の銅賞受賞作『ピュグマリオンは種を蒔く』、こちらはWEBで全文無料公開されています。


 浪人生である豆崎空也は、高校時代に片思いしていた相手・入瀬ミサキが失踪したことを知る。空也は必死でミサキの行方を探しているうちに、顔なじみである、花売りの少女・エリサに辿りつく。
「ミサキが死んだ」という衝撃的な事実をエリサから教えられた空也は動揺する。その心の隙をつくように、エリサは、ミサキの命を取り戻す方法として、悪魔的な取引をもちかける――

 まず特筆すべきは文章の力です。知識に裏打ちされた流麗かつ強靭な文体によって、作品自体が幻想文学のようなオーラを纏っています。応募作の中でも、随一の筆力でした。
 また、想い人を蘇らせるために、誘惑に負けて次第に人の道を踏み外していく主人公の姿は、鬼気迫るものです。応募原稿を読んでいる間、徐々にエスカレートしていくその行動から、目をそむけたくなるのに、しかし読み進めずにはいられない、という体験をさせられました。

 というわけで、第2回ジャンプホラー小説大賞の受賞作を本欄でご紹介できるよう、皆様のご応募をお待ちしております!!

2016年6月18日土曜日

47年前の傑作アンソロジー

 今晩は。ミニキャッパー周平です。第2回ジャンプホラー小説大賞の締め切りまで、今回を含めて、更新はあと2回。
 ここはよほどの本を紹介しないと……というわけで、傑作アンソロジー『異形の白昼 恐怖小説集』をご紹介。

 四十七年も前に編まれたものですので、既に古典と言っていい領域の一冊です。
 しかし、名アンソロジスト筒井康隆が、当時第一線で活躍していたミステリ作家・純文学作家・SF作家など、様々な名匠の傑作短編を集めた本だけあって、現在でもその輝きを失っていません。格調高い文章で綴られる恐怖の物語に、時代を超えて深く耽溺することができます。

 それぞれの作家が、それぞれの芸風を存分に発揮しているので、ひとまとめに語ることは困難ですが、まずは、SF作家の作品から見ていきましょう。
 SF作家の作品は、どちらかというと、「理に落ちる」ことが多いものなっています。
 星新一「さまよう犬」は繰り返し見る夢を題材に扱った幻想的なショートショート。星新一には珍しい、ロマンティックな余韻が光ります。
 眉村卓「仕事ください」は自分の想像力によって生み出した<奴隷>に付きまとわれる、というアイデア・ストーリーで、エスカレートした後の静かな結末が、線香花火のような哀愁を誘います。
 小松左京「くだんのはは」は、終戦間近の日本を舞台に、予言を行う怪物「くだん」に迫っていく作品。オチでもある「くだん」の姿は、現在では驚きは無くなっていますが、戦時下に秘密を共有する、ひそやかなムードで読まされる作品です。
 筒井康隆「母子像」は、どこにでもあるようなオモチャが、主人公の妻と幼子を異界へ導く、という物語。ラストで現出する、ふたつの世界に引き裂かれた異様な母子の姿は、本書中もっとも映像的で、鮮烈なイメージを残します。

 純文学系の作家の短編は、やはり文章の力が際立ったものになっています。
 遠藤周作「蜘蛛」は、怪談の会に出た主人公が、帰り道のタクシーで本物の怪異に遭遇する――という内容で、プロットは地味ながら、生理的嫌悪感をもたらす描写や、語りの魔力に味わいがあります。
 曾野綾子「長く暗い冬」は、日本から寒い異国へ越した父子の、陽の差さない日常生活の中で、降り積もる雪のように不吉な予感が高まっていく物語。
 吉行淳之介「追跡者」は、「終電車の中で、彼はその女と眼が合った。」の一文から始まる、二ページ足らずの掌編。ですが、古典的な怪異体験を、極限まで切り詰めた文体の中に落とし込んで、凄味があるものに仕上げています。思わず朗読したくなるような文章です。

 変わったところでは、官能小説家の作品(宇能鴻一郎「甘美な牢獄」)も収められています。中国の寺院で牢に入れられた男の告白。背徳的な願望に囚われた彼の薄暗い幼少期を、エロティックに描き出します。

 この本でもっとも多くの分量を占めているのは、推理作家(ハードボイルド作家も含む)の短編です。
 結城昌治「孤独なカラス」は、恐るべき子供――いわゆるアンファンテリブル・テーマの一本。心を閉ざし、蛇や虫を殺して遊んでいる子供、その無垢な邪悪さが、弱き者に牙を剥きます。
 都筑道夫「闇の儀式」は、人里離れた別荘で、酒の勢いに身を任せて悪魔召喚の儀式を行った男女の辿る顛末。モダンホラー的な展開の中で姿を現すモンスターの姿が、粘着質で湿っぽく不気味です。
 戸川昌子「緋の堕胎」は、非合法の堕胎手術を行う医師の下で働く、書生の青年が犯した罪についての物語。登場人物たちの愛憎、情念が丹念に書き込まれ、巧みな構成もあってサスペンスフルに仕上がっています。

 そして、推理作家の作品のうち、特に推したい作品が二本。
 一本は笹沢左保「老人の予言」。作家である主人公が、旅館に逗留中、老人と合い部屋になる。老人は、刑務所から出たばかりであること、若いころ痴情のもつれで芸者を殺してしまったことを、後悔交じりに告白する。――しかし、情感豊かに語られていた物語は、最後の最後で突如として転調し、ショッキングで不条理な結末へとつながる。

 もう一本が、生島治郎「頭の中の昏い唄」。単調な校正作業や上司に叱責される日々に倦んだ、出版社勤めの若者が、ある少女と出会い、「秘密」を手に入れることによってその生活が一変する、というもの。
 私がこの作品を好きなのは、(主人公と同じく出版社勤めというのもありますが)彼の抱え込んだ「秘密」の明らかに人知を超えた部分や、不意打ちされるような結末が、想像を絶しているからです。突き詰めたフェティシズムが幻想小説に昇華されていく名品です。

 というわけで、私の特に好きな作品を5編上げると、生島治郎「頭の中の昏い唄」、笹沢左保「老人の予言」、吉行淳之介「追跡者」、筒井康隆「母子像」、宇能鴻一郎「甘美な牢獄」。バラエティ豊かな作品がおさめられており、読者によってそれぞれ異なるマイベストを選べると思います。

 次回が〆切前最後の更新になります。私も頑張りますので(何のレビューをするか、やはりまだ決めていません)応募者の皆さんもぜひラストスパート頑張ってください!!

(※書影はAmazonより流用しました。)

2016年6月11日土曜日

失ったもの、ここにあります

 今晩は。ミニキャッパー周平です。第2回ジャンプホラー小説大賞〆切まであと19日です。
 WEB応募もできますので、ぜひぜひ挑戦してみてください!!

 さて、この前、深夜にテレビをつけていたら、ホラーアニメ『迷家-マヨイガ-』が目に留まりました。マヨイガ(マヨヒガ)とは元々、柳田國男が「遠野物語」で取り上げて有名になった伝承――道に迷った人が辿り着く無人の家で、そこに訪れた者に幸運をもたらす、というもの――ですが、様々なアレンジを加えて、現代でもホラー作品によく登場します。

 というわけで、今回は、黒史郎『失物屋マヨイガ』をご紹介。



 行き止まりの路地の奥、誰も知らない商店街に、駄菓子屋「マヨヒガ」が存在する。
 その店には、誰かが「失くしてしまった」あらゆるもの(子どもの頃に作った粘土細工や、捨てたはずの日記、排水溝に流したはずの結婚指輪、などなど)が商品として並べられている。その商店街に迷い込んで、「マヨヒガ」に辿り着いた人々は、自分が失った大切なものを買い戻そうとする。ただし、買い戻すために必要な代価はお金ではなく、「商品と同等の価値をもつもの」。たとえば、大切な誰かの命を取り戻したければ、同じくらい大切な誰かの命を渡さなければならない。また、ルールに反し、代価を払わず商品を手にいれようとした人間は、怪物に姿を変えられ、永遠に商店街をさまようことになる。

 「マヨヒガ」には、己の失ったものを買い戻すため、様々な客が訪れる。
 小学生の男の子は、事故によって半年前に亡くなった「父親」を。
 チンピラの男は、幼いころ虐待によって失った「味覚」を。
 老人は、かつて想い人に送ろうとした、メッセージの記された「切手」を。
 失くしたものを求める人々それぞれの、不思議な体験の結末は、物語の後半で緩やかに繋がっていく……。

 設定自体は、悪魔との取引のように、「何かを手に入れるために何かを犠牲にしなければならない」というものなので、ブラックな物語になりそうですが、昭和の装いに満ちた商店街の光景や、子ども時代の記憶をくすぐるエピソードの数々に、何よりも「懐かしさ」を喚起させる作品になっています。

 「ムカデのように何本も腕を生やした黒衣の女」「首のかわりに向日葵を咲かせた犬」「大量の注射器をリヤカーに載せて運ぶ、緑色のぬめぬめした肌の子ども」などなど、商店街を闊歩する者たちの姿は、異様ですが、恐怖を感じさせるというよりも、幻想的で、こちらの想像力をかきたてます。そのファンタジックなムードはどこか『千と千尋の神隠し』めいています。
 大人になってしまったらもう取り戻せない、世界が輝きに満ちていた日々。それを鮮やかに呼び覚ます、素敵な一冊です。

 応募〆切までの更新はあとわずか2回。次に何を紹介するか、悩みに悩む一週間になりそうです。

(※書影はAmazonより引用しました。)

2016年6月4日土曜日

刻々と迫り、そして、扉の前に

 今晩は。ミニキャッパー周平です。第2回ジャンプホラー小説大賞応募〆切まで1ヶ月を切りました。応募を予定している方は、ラストスパート頑張ってください!

 私もここまでのレビューを読み返したりしているのですが、吸血鬼やゾンビなど西洋系のモンスターに比べて、日本の妖怪や怪物を扱った作品をあまり取り上げていないと気づいたので、今回は、澤村伊智『ぼぎわんが、来る』をご紹介します。



 主人公・田原秀樹が、幼いころ、玄関のガラス戸の向こうに垣間見た、異形の怪物。
家の中に入ってこようとする、正体不明の「それ」に襲われかけた秀樹だったが、祖父のおかげで難を逃れることができた。
 秀樹の祖母が後に教えてくれたところによると――
「それが来たら、絶対答えたり、入れたらあかんて。玄関来たら閉めて放っといたら仕舞いやけど、勝手口に来たら危ないて。んでな、勝手口が開いとったらもう駄目なんやて。捕まって山へ連れてかれるて。ほんまに連れてかれた人もぎょうさんおったって」(本文p18)
 呼びかけに応じてしまった者を連れ去っていく、その怪物の名は「ぼぎわん」。以来、秀樹の心には、「ぼぎわん」の恐怖がつきまとうことになる。歳月が流れ、結婚し娘が生まれた秀樹のもとに、「ぼぎわん」の仕業としか思えない災厄が降りかかる。秀樹はなんとかして妻と娘を守ろうとするのだが……。

 この物語の最大の魅力はやはり「ぼぎわん」という怪物。その名前の意味や、生まれた土地、生態についてなどは、比較的早い段階で判明します。が、相手の正体が分かったところで、「ぼぎわん」の恐怖はいっさい減じることはなく、逃げても逃げても追ってくる執念深さ、霊能力者を返り討ちにする獰猛さ、標的を罠に嵌める狡猾さに、秀樹は追い詰められていきます。いわゆる「神隠し」を行う妖怪でありながら、静かに人を連れ去っていくようなつつましさは全く無く、人間をかじり殺すなど残虐そのもの。さらに、人を騙して攫う妖怪ならではの「どんな人間の声も真似することができる」という特技が凶悪で、「ターゲットの友人知人の声を使って騙し討ちする」という芸当までやってのけます。日本妖怪的なじめっとした恐ろしさと、西洋モンスター的な凶暴さを併せ持つ、そんな「ぼぎわん」が何度も襲撃をかけてくるので、全編通してスリルにあふれた作品になっています。

 そして、物語に横たわる大きな謎は、なぜ「ぼぎわん」が秀樹の家族に狙いを定めたのか、という点。そこには、古来の怪物にも勝るとも劣らない脅威、現代に生きる「普通の人」の抱える歪みが隠されています。
 第1章「訪問者」で描かれた秀樹の恐怖体験は、第2章「所有者」にいたって、まるで騙し絵のように構図が裏返って、読者を驚愕させますし、第3章「部外者」では、「ぼぎわん」を呼び寄せたすべての因縁――「悪意」や「罪」が、残らず解き明かされることになります。

 古き時代の怪物を、現代人の背負う闇によって再び召喚し、新たな恐怖を与える物語。そんな現代的ホラーを探す人にお勧めしたい一冊です。
 それと、「家族」と正面から向き合うことが大切だ、というのが身に染みる話なので、最近家族とすれ違っているかもしれない、という人はマストで読みましょう。放っておくと大変なことになります。

(※書影はAmazonより流用しました。)






2016年5月28日土曜日

聖職者の殺戮劇


 今晩は。ミニキャッパー周平です。
 第2回ジャンプホラー小説大賞締切まであと1ヶ月!! 
 WEB応募も受付中ですので、ぜひぜひお気軽にご応募ください!!
 
 さて、前回は短めの作品だったので、今回は特大ボリュームの作品をご紹介。映像化もされたサイコホラーの傑作、貴志祐介『悪の教典』です。






 高校の英語教師・蓮実聖司は、分かりやすい授業と高い問題解決能力によって、多くの生徒の心を掴んでいる、学校の人気者だった。しかし彼は、人身掌握術を用いて他人をコントロールし、対立する教師や問題児を、罠と陰謀で排除するという、危険な素顔をもっていた。その正体に気付き始めた生徒たちを、蓮実の魔手が襲う。

 本作品でもっとも読者を引き付けるのは、邪悪にしてエキセントリックな、蓮実のキャラクター性でしょう。物語の序盤では、生徒の抱えるトラブルを敏感に察知し、それをチート的な速度で解決していく、という、教師の理想形のような有能な人物として描かれ、最初はまるで熱血教師ドラマを読んでいるような錯覚を覚えます。しかし、「邪魔な相手を学校から消すためには、ゆすりなどの犯罪行為や、殺人さえ厭わない」という、彼のスタンスが読者に示されると、物語は一転、不穏なムードに包まれるのです。

 そして明かされていく蓮実の遍歴。他人への共感能力を全く持っておらず、幼少の頃より膨大な数の殺人を犯しながら、自殺や事故に見せかけたり他人に罪をなすりつけたりして、完全に逃げおおせてきた。そんな戦慄すべき過去に、「これから学校内で蓮実が起こすこと」のおぞましさに読者は薄々感づきつつも、先を読まずにはいられないでしょう。

 蓮実の手によって、学校周辺で「悲劇」が起こり、その真実に気づいた者が次の「悲劇」の犠牲者になる、という連鎖反応によって、転がり始めた雪玉のように犠牲者の数は膨らみ続けます。そして物語の後半で蓮実はとうとう、自身の担当するクラスの生徒を「皆殺し」にするという、常軌を逸した決断を下します。

 そこからの展開はもはやジェットコースター的な勢いです。決して豹変したりはせず、授業中とまったく同じように、明るいテンションで英語を交えて語りかけながら、殺戮を繰り広げていくその姿は、まさにモンスター。死体の山が築かれる中、蓮実が悪魔的な知能によって張り巡らせた罠・トリックをかいくぐって、生徒たちは生還することができるのか……。続けざまに襲い来る恐怖に震えながらも、ページを繰る手が止まりません。

 (文庫版で)上下巻900ページ越えという大作ですが、いったん読み始めたら、寝食を惜しんで没頭してしまうような小説なので、ぜひ、お休みの日に手に取ることをお勧めします。



(※書影はAmazonより引用しました。)

2016年5月21日土曜日

ゴミ溜めからの切なる叫び

 今晩は。毎週金曜26時ブログ更新中、金曜日はだいたい睡眠不足の、ミニキャッパー周平です。第2回ジャンプホラー小説大賞応募締切まであと1ヶ月弱! Jブックスでは、満場一致で賞を与えられるような完成度の高い応募作を求めている一方で、審査会を紛糾させるような、破天荒で個性的な応募作も望んでいます。

 というわけで、今回レビューしたいのは、とっても型破りなホラー作品、『D-ブリッジ・テープ』。


 まずこの本を開いてみて驚くのは、「改行」の頻度です。
 全ページ、どの文も、一行以内におさまる短さであるうえに、一文ごとに必ず改行されています。なので、二行以上にまたがる文が全く存在せず、短い文で次々改行していく、見るからに異様なページづくりになっています。普通の小説ならページ稼ぎかと思われるところですが、ストーリーを追っていくうちに、読者は、この改行手法が本作品にふさわしい「ある演出効果」を狙ったものだ、と知ることになるのです。

 では、ストーリーの紹介に入りましょう。
 会議室に集められた人々の前に提示されたのは、一本のカセットテープ。傷と汚れにまみれたそのテープは、相次ぐ不法投棄によって一面がゴミの世界と化した巨大な橋、「D-ブリッジ」で発見されたものだった。やがてテープがレコーダーにかけられ、そこに記録されていた約50分の音声が、会議室に流れはじめた。
 テープに録音されていたのは、弱々しい声の、少年の独白だった。少年はまだ幼児であったころ、親によってゴミとともにD-ブリッジに捨てられたのだという。彼は、ゴミ溜めの橋から脱出することを断念し、廃車を寝床に決め、廃棄物に群がるカラスや虫を食糧にして、不衛生な環境でズタズタに傷つきながら必死で生きていこうとした。
 しかし、少年の生活が何とか安定し始めた頃、Dーブリッジに、今度は女の子が置き去りにされた。少年より更に幼いその女の子は、とある障碍をその身に抱えており……。

 見渡す限り不法投棄のゴミばかり、という舞台なので、行間から腐臭が漂ってきそうなくらい描写は強烈で、生理的嫌悪を呼び覚ましますが、その極限状況下で、泥水をすすってサバイバルを繰り広げる少年のタフネスに胸を動かされます。そして、ボーイミーツガールへと変貌する中盤からは、ゴミ地獄の中で生きようとする二人、遠くへ逃げることも大人に頼ることもできないほど幼い彼らの、無力さと絶望感が読者の心を軋ませます。

 クライマックスに近づくにつれ、読者は、特異な改行の手法が、少年の痛ましい叫びをより鮮やかに表現するためのものだったと気づくでしょう。時に切々と、時に涙交じりで、時に咆哮するように、悲痛な運命を語っていく少年の「肉声」が、いつしか読者の頭の中に響き始める。自分もテープレコーダーに耳を傾けているような、それどころか、目の前にいる少年の叫びを聞いているような錯覚さえ与える、そんなパワーをもった作品なのです。文庫版で170ページ足らずのコンパクトな一冊ですので、さくっと読めるホラーをお求めの方もぜひ。



(※書影はAmazonより流用しました。)

2016年5月14日土曜日

肌にまとわりつく、誰かの視線


 今晩は。ミニキャッパー周平です。第2回ジャンプホラー小説大賞宣伝隊長としてホラー小説を読み続けていますが、「深夜に長編ホラーを一気読みした結果、ものすごく怖い夢を見る」というのが頻繁になってきた、きょうこの頃。皆さんもホラーを読む時間とシチュエーションにお気をつけください。

 さて、『残穢』に続き、公開中の映画の原作に便乗しようシリーズ第2弾。今回ご紹介するのは、三津田信三『のぞきめ』。時代を超えたエピソード群を、「誰かに見られている」という、ささやかながら身の毛もよだつ恐怖が貫いている作品です。


 この物語は「序章」「第1部 覗き屋敷の怪」「第2部 終い屋敷の凶」「終章」の4パートに分かれています。まず「序章」では、作者・三津田信三が、偶然、(同じ土地の)時代を隔てた2つの怪事(それぞれ「第1部」「第2部」の中身)について知った経緯が記されます。「第1部」は、鄙びたリゾート地にバイトで訪れた大学生たちが、山の中で何者かに憑かれ、その地に巣食う怪異を垣間見て、相手の正体も分からぬまま必死で逃れようとする、という内容。

 「序章」では(作者を含む)実在の人物や固有名詞をちりばめつつ、読者をスムーズにフィクションの世界へ引き込んでいく手つきが見事ですし、「第1部」ではネット怪談めいた現代性と、得体の知れないタブーに触れてしまう恐ろしさがあり魅力的です。

 しかし、時代を遡った「第2部」の面白さは、さらにその上を行きます。「第2部」で示されるのは、民族学の研究者・四十澤想一(あいざわそういち)が自身の体験を書きつづった大学ノートの中身。昭和の初め、友人の死をきっかけに、友人の郷里である村を訪れた四十澤は、因習と怨念にとらわれた村の悪夢的な姿を、目のあたりにします。

 遥か昔に犯した「罪」によって、子々孫々にまで累が及んだ一族・鞘落家(さやおとしけ)と、彼ら一族を排斥し忌み嫌う村の人々。そんな張り詰めた人間関係のもと、異様な緊張感の中で不気味な葬儀が執り行われるのですが、鞘落家を立て続けに怪事が襲います。そして四十澤自身も、「のぞきめ」と呼ばれる「どこかからこちらを覗いてくる」存在に追い詰められていき、読者はこの章のほとんど、息をつく間もなく、恐怖・戦慄・悪寒に襲われ続けることになります。

 「覗いてくる」と書くだけだと怖さが伝わりづらいかも知れませんが、ふと目線を動かした先、気配を感じた先、振り向いた先、障子や戸棚の隙間などから、じぃっ……とこちらを見つめる「何者か」と目が合ってしまう、というシチュエーションは、作者の描写力の高さもあいまって、読者の不安感をかきたてること必至です。
 また、このパートの主人公である四十澤は民俗学の研究者であり、村で行われる不可解なまじないや祭礼の儀式についても、民俗学的知識に基づいて検証をしていくので、非常にリアリティがあるうえ、学問的謎解きを読んでいるような楽しさもあります。土俗的なホラーを書こうとしている作家志望者には、ぜひ一読してもらいたいです。

 そして「終章」で再び作者の語りに戻る――という構成なのですが、読者の度肝を抜くのは、わずか15ページ足らずの、この「終章」なのです。「ホラー」と「ミステリー」の高度な融合を理想とする作者の仕掛けが、ここで炸裂します。村で起こっていた怪現象の正体を、三津田信三自身が推理する、というパートなのですが、提示される仮説によって、物語の中で読者の感じていたひっかかりや違和感が、怒涛のごとく回収され、村の真実=これまで見えていたのとは別の光景が、読者の前に立ち現れます。計算し尽くされた伏線によって、『のぞきめ』という作品は、ホラーとして一級の怖さを保ちながら、ミステリとしての驚きももった物語になっているのです。

 このように、ホラー読者もミステリ読者も楽しめる小説ですが、「誰かに見られている」という状況に人一倍恐怖を感じる人は、取り扱い注意な一冊です。読んでいる最中に、ふと不安になって本から顔を上げると――「何か」と目が合ってしまうかもしれませんから。

(書影はAmazonより引用しました)。